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ヤマレコ

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ちょっとだけマイナーな身延の山々

思親山。親を思う山。この情緒的な名の山は、山梨県の左下、天子山地の南端にあります。

山名の由来は、身延山で修行中の日蓮上人が、この山越しに故郷安房小湊の両親を偲んだという言い伝えからきているそうです。

ん?安房小湊?それって外房じゃないですか。

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Believe in myself!

崩れる雪と格闘し、三時間かけて急登を登り切ると、真っ白な稜線に出た。雲ひとつない空は深い青。南アルプスも富士山も鮮明だ。空気は透明で、周囲の山々はすぐそこにあり、手を伸ばせば届くかのよう。

三ツ頭まで登ると、八ヶ岳の主要な峰々が正面に並ぶ。赤岳、阿弥陀岳、権現岳。宇宙の色が透けて映った深くて濃い青空の下、雪を戴く白い秀峰たち。

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2017年1月の雲取山

2017年の山として絶賛売り出し中の標高2017.1mの雲取山に、2017年1月に登ってきました。

西暦と同じ標高の山をその年の山とか言っちゃうのは、なんだかなとは思いますが、流行りものなので乗っかっておきます。

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新雪の稜線ひとり旅

えっ、またかよ…。

山頂から先の稜線に踏み跡はなかった。先週に続いてまたまた今週もラッセル縦走のようだ。

麓の道志村から、ここ赤鞍ヶ岳へはピストンした人がいるようだった。棚ノ入から赤鞍ヶ岳の山頂を通って厳道峠方面へも、だれかひとり物好きが縦走したようだ。しかし菜畑山方面は真っさらの白い稜線。こっちのほうがメインの縦走路だから、だれかひとりくらい歩いてるだろと考えて来たのだが、どうやらそのだれかひとりに自分がなるようだ。

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This's the way to go

あー、やっぱり。
山頂から先はトレース無いかなと思ってたけど、やっぱり無かった。

四尾連湖から蛾ヶ岳までは、しっかりしたトレースが付いていた。きっと降雪後に山荘の人が付けたのだろう。しかしそれも山頂までで、その先の稜線は全く歩かれてなかった。

ここから釈迦ヶ岳を通って三方分山まで行き、もどってくる予定だ。

ここまでにしておこうかな、と一瞬考えた。ここまでで下山して、温泉に入って、なにか美味しいもの食べて…と考えることは時々ある。しかし考えるだけで、実行したことはない。そんなことしても楽しくないのはわかってるからだ。

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お松引き

「お松」というのは、木の筏に松を積み上げ、無数の竹を刺した、巨大な門松?です。この「お松」に綱をつないで引っ張るのが「お松引き」、毎年1月7日に行われる丹波山のお祭りです。

今年の1月7日は週末にあたるので、お松を引きに丹波山まで行ってきました。

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ゴザイショ

祖母の口から何度となく聞かされたその言葉には不思議な響きがあった。

「昨日はゴザイショへ行ってきた」「来週ゴザイショへ行く」そう話す祖母は、満足げで嬉しそうだった。

ゴザイショというのが御在所岳のことであり、日本二百名山のひとつであると知ったのは大人になってからである。その頃にはすでに祖母も亡くなっていたが、ゴザイショという言葉の響きだけはなぜだか鮮明に覚えていた。

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伊勢の台所

外宮から北へ2キロほどの距離にある河崎。

勢田川沿いに古い蔵の立ち並ぶ静かな町です。

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お伊勢参り 2017

元旦は伊勢神宮へ初詣に行きました。

混んでるだろうなとは思ったけど、予想通りに大混雑。まだ暗いうちから駐車場待ちの渋滞に並んで車を停め、空がうっすら明るくなるころに、ようやくお詣りに出かけました。

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琵琶湖東岸の中核都市

秀吉が信長より拝領した城下町が、長浜の町の始まりです。

秀吉は、それまで今浜と呼ばれていたこの地を長浜と改名し、城を築き町を整備して、商人を呼び寄せて城下町に賑わいをもたらしました。

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