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登米の町並み~江戸時代編

 宮城県登米市登米、市の名前は「とめ」市だが、町は「とよま」である。

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 現代では静かで小さな町であるが、かつては町のすぐ横を流れる北上川の舟運で栄えた。しかし物資輸送の主役が舟から鉄道、そしてトラックへと移ると、鉄道からも主要道路からも大きく外れている登米は開発から取り残され、その結果、古い町並みがよく残ることとなった。

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 北上川に最も近い通りが、かつての商業の中心地だったのであろう。蔵造りの商家が、川と並行して走る道沿いに並ぶ。

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 江戸時代には登米伊達氏の城下町であった。川から少し離れた地域は、かつての武家屋敷街である。藩政時代から変わらぬ屋敷門に漆喰塀の家々が並ぶ。

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 登米はまた、玄昌石の産地でもあった。この特産品を用いた天然スレート葺きの屋根も見ることができる。

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 現在ではもう玄昌石は産出していないが、登米は古いものが自然と残る町である。

 
 

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コメント

こんにちは
azuwasaさんはいつもどこかへ出かけてるんですね。
それも私がまったく知らないところばかりで
日本は広いなあって・・・
見にくるのが楽しみです。

金曜日に仕事が終わると車に乗って高速道路をひた走り、眠くなったところで寝て、日曜の昼過ぎまで行動して帰ってきます。でも車の中で寝るのはすごく疲れるので、出かけるのはせいぜい月に二回くらいです。
あまり観光地として有名でないところを訪ねていると、日本って狭いわりには多様な国だなぁって実感します。

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