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ヤマレコ

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2009年8月の3件の記事

部屋の片隅

 まだ引越しの荷物が片付いていない。もう四ヶ月が経つというのにである。片付けたといっても押入れに突っ込んだだけであり、入りきらない荷物が部屋の片隅に積み上げてある。

Azu

 目標は今年中に完了であるが、この目標が達成できなかったときは人間的に終わっているねと我が家では話し合っております。

 
 

名古屋めし 二連発

 いまや全国的にも著名な「ひつまぶし」、初めて食べました。子供のころは、あまりうなぎ好きじゃなかったし、だいいち高級品ですから。

 ひつまぶしといえばやはり熱田の蓬莱軒へ。すごい並んでいて、食べることができたのは受付してから二時間後でした。

Hitsumabushi

 四分割にして、最初はそのまま、二杯目は薬味入り、三杯目はお茶漬け、四杯目はお気に入りをもういっぱい、私の四杯目は薬味入りでした。海苔と小ネギとワサビをうな丼にかけて食べるのは新鮮でおいしかったです。

 つづいて味噌煮込みうどん、味噌煮込みうどんといえば山本屋しかないでしょう。実は山本屋というのは、「山本屋総本家」と「山本屋本店」の二種類があるということを最近知りましたが、名古屋の人はあまり区別していないと思います。ちなみにどちらもチェーン店の名称です。つまり「山本屋本店名古屋駅前店」とか「山本屋総本家松坂屋店」などなどがあるのです。双方の本店は「山本屋本店大門本店」と「山本屋総本家本家」といいます。めんどうですのでやはりすべて「山本屋」でいいかと思います。

 味噌煮込みうどんは、以前から安いものではなかったですが、いまや一杯千円もする高級うどんです。高級な具を入れて二千円近くするメニューもあります。気軽に食べるうどんではないですね。

Misonikomiudon

 麺は茹で時間まちがえたかと思うくらい芯が残っています。でもこれがなぜかおいしいのです。噛みごたえあるし。私は名古屋人なので普通に土鍋のふたを取り皿にして食べていましたが、神奈川出身の同行者にはこれが意外なおどろきだったようです。

 今回の名古屋めしはこれで終了、でもまだミソカツもスガキヤもドテ丼もきしめんも食べてない! 台湾ラーメンも手羽先もおでんも食べたい! あんかけスパゲティやエビフライカレーも試してみたい! 日帰りではとても食べつくせない、奥深い名古屋めしの世界なのでした。

 
 

記憶の中の町並み

 子供のころは名古屋市内の下町で過ごした。

 近くまで行く機会があったので、寄り道して昔住んでいた家を見てみようと思った。最後に見たのはいつだったか、と考えてみると、町を離れてから、実に20年以上もの月日が経っている。

 最寄り駅はすっかり様変わりしており、わずかに裏通りの古いビルに見覚えがあるくらいだった。住んでいたのはそこから少しはなれたところである。幼少の頃はバスで、少し大きくなってからは自転車で、この駅まで来ていた。それはかなりの距離に感じていたのだが、車で走ると、ほんの数分で着いてしまう距離だった。

 新幹線のガードをくぐると小学校の学区内に入る。高い壁のようであったそのガードも、いま見ると、とても低いものであった。こんな低い位置を新幹線が走っていたのか。

 学区内に入ると商店街が続く。賑わい華やかだった記憶の中の商店街は、地方のうら寂れた商店街へと変わっていた。商店街の途中で家へ行く路地を曲がるのだが、それが記憶の中の道に比べてあまりにも細かったので通り過ぎてしまった。

 家へと近づくにつれてだんだんと記憶がよみがえってくる。近所の駄菓子屋は店を閉め、自販機が並んでいた。神社はそのままの姿であったが、これも記憶の中の神社に比べるとすごく狭い。祖母の家は、祖母の死後、人手に渡ってしまったようで、かつての広い敷地は何件かの住宅に分割されていた。いつも遊んだ近所の友達たちの家は、ひっそりと人の気配がないものもあれば、立派に立て直されているものもあったが、表札の名前は以前と同じで、なんだか少しうれしくなった。

 角の公園が見えてきた。そこを曲がると、子供のころの我が家である。毎日野球をやったその公園も、いまではとても野球ができるような広さではなかった。あまりの大きさの違いに戸惑っているうちに、かつての我が家へ着いてしまった。しかし、ほんとうにここだろうか? 入口があったところは塀になっている。近所を見回してみたが、やはりここで間違いは無い。その後の住人が改装したのだろう。以前の面影は全く無かった。なんだか車から降りてみる気がせず、周囲をぐるぐると走らせてから、その場を離れた。

 子供のころの我が家とは全く関係は無いが、名古屋城へ。

Nagoyajyo02

 戦災で消失してのちに建て直された城であり、鉄筋コンクリート造りである。内部にはエレベーターもあり天守閣まで登ることができる。城にエレベーターがあるのが子供のころには不思議であった。展示物のセンスがいま見るとなんというか名古屋的である。

 名古屋城のすぐ近くには愛知県庁がある。

Aichikencho

 となりの名古屋市庁舎とともに、屋根だけ和風の帝冠様式である。東京に来るまで、市役所とか県庁とかは、すべてこういう建築様式だと思っていた。

 
 

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