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ヤマレコ

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記憶の中の町並み

 子供のころは名古屋市内の下町で過ごした。

 近くまで行く機会があったので、寄り道して昔住んでいた家を見てみようと思った。最後に見たのはいつだったか、と考えてみると、町を離れてから、実に20年以上もの月日が経っている。

 最寄り駅はすっかり様変わりしており、わずかに裏通りの古いビルに見覚えがあるくらいだった。住んでいたのはそこから少しはなれたところである。幼少の頃はバスで、少し大きくなってからは自転車で、この駅まで来ていた。それはかなりの距離に感じていたのだが、車で走ると、ほんの数分で着いてしまう距離だった。

 新幹線のガードをくぐると小学校の学区内に入る。高い壁のようであったそのガードも、いま見ると、とても低いものであった。こんな低い位置を新幹線が走っていたのか。

 学区内に入ると商店街が続く。賑わい華やかだった記憶の中の商店街は、地方のうら寂れた商店街へと変わっていた。商店街の途中で家へ行く路地を曲がるのだが、それが記憶の中の道に比べてあまりにも細かったので通り過ぎてしまった。

 家へと近づくにつれてだんだんと記憶がよみがえってくる。近所の駄菓子屋は店を閉め、自販機が並んでいた。神社はそのままの姿であったが、これも記憶の中の神社に比べるとすごく狭い。祖母の家は、祖母の死後、人手に渡ってしまったようで、かつての広い敷地は何件かの住宅に分割されていた。いつも遊んだ近所の友達たちの家は、ひっそりと人の気配がないものもあれば、立派に立て直されているものもあったが、表札の名前は以前と同じで、なんだか少しうれしくなった。

 角の公園が見えてきた。そこを曲がると、子供のころの我が家である。毎日野球をやったその公園も、いまではとても野球ができるような広さではなかった。あまりの大きさの違いに戸惑っているうちに、かつての我が家へ着いてしまった。しかし、ほんとうにここだろうか? 入口があったところは塀になっている。近所を見回してみたが、やはりここで間違いは無い。その後の住人が改装したのだろう。以前の面影は全く無かった。なんだか車から降りてみる気がせず、周囲をぐるぐると走らせてから、その場を離れた。

 子供のころの我が家とは全く関係は無いが、名古屋城へ。

Nagoyajyo02

 戦災で消失してのちに建て直された城であり、鉄筋コンクリート造りである。内部にはエレベーターもあり天守閣まで登ることができる。城にエレベーターがあるのが子供のころには不思議であった。展示物のセンスがいま見るとなんというか名古屋的である。

 名古屋城のすぐ近くには愛知県庁がある。

Aichikencho

 となりの名古屋市庁舎とともに、屋根だけ和風の帝冠様式である。東京に来るまで、市役所とか県庁とかは、すべてこういう建築様式だと思っていた。

 
 

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