Twitter

ヤマレコ

  •  

LINK

« 九州の山道 | トップページ | ごまうどん »

難攻不落の城

 阿蘇から続く九州中央東部の山塊の中、1000m級の山々に囲まれた小さな盆地に竹田の町はある。切り立った崖に周囲を取り囲まれており、町に入るには必ずトンネルを通らなくてはならないような土地である。

Img_3218

 戦国時代、薩摩の島津氏の侵攻に対して、この地を治める大名志賀氏は、わずかの兵とともに断崖絶壁の上に建つ岡城に立てこもり、これを死守する。これにより竹田の岡城は難攻不落の城として知られることになる。

Img_3186

 現在の市街は、江戸時代に入封した岡藩主中川氏により建設された。京に模して碁盤の目状に城下町を区画し、近隣の集落から商人を移住させて住まわせた。以後、竹田の町は山の中の小藩である岡藩の城下町として明治維新まで続く。

Img_3227

 西南の役では薩摩軍に占拠され、官軍との激しい攻防戦の舞台となってしまう。この攻防戦での焼き討ちと、昭和22年の大火によって古い町並みの多くは失われてしまったという。しかし町を歩くと、そのような歴史を感じさせない程度に、漆喰塗りの商家や武家屋敷の門塀がよく残っている。

Img_3217

 盆地という限られた狭い土地であり、周辺の都市とは隔絶された地でもあるので、大きく開発されることも無く、昔の姿を今に伝えている。

Img_3202

 竹田に残されているのは古い町並みの外観だけではない。町に流れる空気や人々のたたずまいが、古き良き時代を彷彿とさせる。気持ちのよい町であった。

 
 

« 九州の山道 | トップページ | ごまうどん »

43 大分県」カテゴリの記事

A. 城下町・陣屋町」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 難攻不落の城:

« 九州の山道 | トップページ | ごまうどん »