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江戸時代の養蚕民家

 群馬県吾妻郡中之条町にある富沢家住宅。江戸中期の建築と推定される大型の養蚕民家である。国の重要文化財にも指定されているのだが、玄関は開けっ放しで、記帳さえすれば自由に内部を見学できる。

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 かつては二階で養蚕がおこなわれていた。光がよく入るように平側の屋根が切り取られて兜造りになっている。壁はきれいに補修されていたが、現在は屋根の補修中であった。よく見ると茅葺が透けているところもあり、ブルーシートがかけてなければ雨漏りするだろう。

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 富沢家は運送業も営んでいたようであるが、山の中にポツンとこのような大規模な民家が存在していたのは不思議である。

 富沢家があるのは、二件の民家があるだけの集落とは呼べないような山深い地である。

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 おばあさんがひとり、家の前の小さな畑で仕事をしているのを見かけた。帰りがけにもうひとり、坂道を登ってくる腰の曲がったおばあさんとすれちがった。二件の家それぞれに住んでいる方々なのだろうか。はたしてご主人はいらっしゃるのだろうか。お子さんはすでにここには住んではいないであろう。山を下ってやっと峠道にでるようなところである。日々のちょっとした買い物にも難儀をするのではないか。体調が悪くなっても病院ははるかに遠い。それでもこの地を離れたくないのであろう。この地に嫁ぎ、この地で生き続ける、こうした方々が十分な医療や行政サービスを受けられないのは、真に日本の貧しき点である。

 そして、その世代の方々がいなくなった後には、無数の放棄された集落が残るのみである。

 
 

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