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大阪府内に残る寺内町

 近鉄富田林駅前の雑居ビル街や商店街を抜けると周囲の様子が一変する。駅から徒歩数分の距離だが、ここはかつての寺内町である。

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 富田林の寺内町が形成される前、この辺りは石川の河岸段丘上に広がる荒地であった。

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 その荒地を興正寺第14世、証秀上人が買い取り、近隣の名主8人とともに興正寺別院を中心とした寺内町を建設する。

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 碁盤の目状の町割りだが、縦横の道が交わる交差点では、わずかに道がずらされている。これは「あてまげ」と呼ばれ、外敵の侵入の際に町を見通しづらくする、防衛のための町割りである。

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 道幅も狭く、小型車一台が通るのが精一杯だ。寺内町の時代の道幅そのままである。

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 寺内町として住民が守られ、また川沿いでもあったため商業が発展したが、時代とともに衰退し、現在では開発から取り残された、ひっそりとした住宅街であった。

 
 

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