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ヤマレコ

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2010年1月の23件の記事

南九州の中核港

 志布志は、古くは天智天皇が訪れたとされる歴史ある地である。

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おび天

 宮崎県飫肥の郷土料理「おび天」。

 魚のすり身に豆腐を混ぜ、味付けして揚げた食物である。ひし形のもの以外にも様々な形や味の「おび天」がある。

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 一般的なさつま揚げと比べると、豆腐の割合が多くふわふわしている。

 冷めてもうまいが、揚げたては別物だ。飫肥まで行かなければ食べられない味である。

 
 

飫肥藩城下町

 酒谷川がU字型に蛇行した内側に飫肥の町はある。背後は山であり、自然の地形を利用して城下町が作られた。

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杉とマグロの町

 日南海岸にある天然の良港、油津へ。

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 古くは遣唐使の寄港地であり、大陸との交易の中継地であった。

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野生馬の住む岬

 宮崎県の南端、外洋にちょこんと飛び出しているのが都井岬である。

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日南フェニックスロード

 宮崎市街から都井岬へ至る日南フェニックスロード。

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明日葉うどん

 明日葉とは伊豆諸島原産のセリ科の植物であり、地元では野菜として食べられている。生命力が強く、近年は健康食品としても広まってきている。

 宮崎県でも明日葉が自生している地域があり、栽培もされているそうだ。明日葉うどんというのがあったので食べてみた。

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 明日葉の天ぷらがのったうどんかと思いきや、麺に明日葉を練りこんだうどんだった。こうした練りこみ系うどんはいろいろあるけれど、どれも色はきれいだが、あまり風味を感じない。汁の味でわからなくなってしまっているのだろうか。

 さつま揚げが具のところが九州っぽかった。

 
 

チキン南蛮

 いまや宮崎県名物としてすっかりおなじみになったチキン南蛮である。なんども食べたことがあるが、本場宮崎では初めて食べる。

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 揚げた鳥に甘酢ダレとタルタルソースがかかっている。本場物はタルタルソースの割合が多いような気がした。

 味はどこで食べてもそれほど大きく違わない料理である。

 
 

石垣の村

 宮崎県の日之影町は、その名が表すとおり日の当たらない谷間の町である。

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 日之影町の中心地より日之影川沿いの渓谷をさかのぼっていくと、石垣の村、戸川にたどり着く。

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九州山地の天空の村

 九州山地の山間部にある椎葉村にはいくつもの山村集落が点在している。その中のひとつ十根川集落を訪れた。ここは重要伝統的建造物群保存地域にも指定されている集落である。

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平家落人の里

 壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の残党は、散り散りになって各地の山中へ逃げ、その山深い地でひっそりと暮らした。そうした平家落人の拓いたといわれる山村が全国各地に存在する。

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 九州山地の椎葉村もそんな平家伝説の残る地である。

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日本海軍発祥の地

 宮崎県日向の美々津には日本海軍発祥の地の石碑が立っている。

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 これは神武天皇東征の水軍が、この地を発ち大和へ向かったという記紀の記述に由来するものである。なんとも壮大な話だ。

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白壁の町

 福岡県八女市福島の町並みへ。

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 八女国という名は日本書紀にもその名が見られる古い土地である。邪馬台国の有力な候補地でもある。

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うまいうどんが食べたい

 関東はそば、関西はうどんというのは間違った認識である。

 関東地方でもうどんの名産地は多い。多摩から埼玉にかけての武蔵野うどん、埼玉県の加須うどん、群馬県の桐生や館林や水沢のうどん、山梨県の吉田うどんなどなど、東京をぐるりと包囲するようにしてうどん文化圏が存在する。もともと、蕎麦文化圏はその外側であり、より貧しい地域の食べ物であったのだ。

 江戸時代初期までは江戸でも蕎麦は食されておらず、うどん文化圏内であった。食生活が豊かになるにつれて江戸の人々の間で脚気が流行し、蕎麦を食べていると脚気にならないといわれ、江戸中期ごろになると急速に蕎麦食が浸透していく。やがて、うどんは野暮ったいものとされ、蕎麦を食うのが粋だと考えられるようになり、江戸の文化と結びついて蕎麦はうどんを駆逐していく。

 そうして俗物根性により江戸は蕎麦文化圏に変貌してしまったが、その周辺ではうどん文化が存続し、いまに残っているのである。これらの地域は小麦の大産地であった。いまでも規模は縮小されているが小麦の栽培はおこなわれており、探せば地粉で打ったうどんを食べることもできる。

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 関東のうどんは、上方の洗練されたうどんとは全くの別物であり、太くて固くて力強い野武士の風格の田舎うどんである。

 
 

茅葺屋根

 都会に住んでいるとピンとこないが、現代でも茅葺屋根の民家はそれなりの数がある。茅葺屋根をトタンで覆った屋根も含めると、その数は飛躍的に多くなる。少々現実離れした感もあるが、茅葺屋根は郷愁を誘うものである。

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九十九里の磯料理

 九十九里浜の海岸にある「いさりび食堂」まで海の幸を堪能しに行く。

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 ここへは4~5年前に訪れたことがあり、たいそう美味かったので、いつか再訪したいと思っていたのだ。

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ペリー上陸の地

 伊豆半島の先端に位置する下田は、江戸と近畿圏を結ぶ航路の中継地として重要な役割を果たしてきた。

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海鼠壁小学校

 松崎の町からわずかに内陸に入った岩科に、伊豆地域最古の小学校である岩科学校がある。

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海鼠壁の町

 松崎は西伊豆最大の港町である。

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大根と富士山

 朝日を浴びて赤く輝く富士山を三島市三ツ谷から眺望する。

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赤いやつ

 おでんに必ず入っていたあの赤いやつ、そういえば東京では見ませんね。中部地方のスーパーで発見したので買ってきました。

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名古屋人のソウルフード

 名古屋人の魂の食物といえば、スガキヤしかありえない。スガキヤのラーメンを食べずして育つ名古屋の子はいないはずだ。

 ひさしぶりに中部地方へ行ったので、ユニーでスガキヤ食べました。

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 メニューがずいぶん変化していて、ご飯物とか、カレーラーメンとか、坦々麺とかありましたが、当然普通にラーメンでしょう。昔に比べれば値段は上がっていたけれど、いまどきラーメン一杯270円は安いです。

 呼び出しにポケベルみたいなのでピコピコ鳴らされたり、先割れスプーンの形が変わっていて、よりいっそう使い辛くなったりしていましたが、少々ゆで過ぎの麺と、豚骨らしき白濁スープなのになぜか魚介の味がする、あの独特のスガキヤスープは健在でした。それで十分!

 
 

2010年元日の朝

年末年始は九州を旅行していて、新年は宮崎の日南海岸で迎えた。

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