Twitter

ヤマレコ

  •  

LINK

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月の17件の記事

豊島南部の集落へ - 甲生

 豊島南部の甲生集落へ。

Img_0288_2

続きを読む "豊島南部の集落へ - 甲生" »

豊島の玄関口 - 家浦

 豊島へ。

Img_0278_2

続きを読む "豊島の玄関口 - 家浦" »

島の記憶 - 犬島

 瀬戸内海の小島、犬島へ。

Img_0208

続きを読む "島の記憶 - 犬島" »

瀬戸内の小さな港町 - 宝伝

 瀬戸内に面した小さな港町、宝伝へ。ここから犬島行きの船に乗るのだ。

Img_01742

続きを読む "瀬戸内の小さな港町 - 宝伝" »

吉井川の流れに - 西大寺

 赤穂線の西大寺で電車を降りた。ここは西大寺の門前町として発達してきた街である。

Img_0804

 吉井川沿いに栄えた西大寺では舟運も盛んであり、物資の集積地でもあった。

 往時は数多くの高瀬舟がこの川を行き来した。

 
 

ダホン君、電車に乗る

 この自転車を電車に乗せて遠くの街まで行けたなら・・。

 子供のころからずっと輪行に憧れていた。それは大人になり、車を持ってからも変わらなかった。だが、車移動の便利さに慣れてしまった汚れた大人には、なかなか輪行を実践する機会が訪れることはなかった。

Img_0320

続きを読む "ダホン君、電車に乗る" »

日原の鍾乳洞へ

 奥多摩駅から日原街道を行く。いつも奥多摩湖方面ばかりで、こちらの道を走るのは始めてだ。

 日原集落を過ぎて少し行くと日原鍾乳洞がある。

Img_0797

続きを読む "日原の鍾乳洞へ" »

茅葺き屋根の蕎麦屋さん - 奥多摩町丹三郎

 奥多摩にある手打ちそばの店「丹三郎」へ。

Img_0778

続きを読む "茅葺き屋根の蕎麦屋さん - 奥多摩町丹三郎" »

サイロのある風景 - 黒松内町作開

 北海道と聞いてイメージするのは、広大な牧草地とどこまでも続く一本道。

Img_0134

続きを読む "サイロのある風景 - 黒松内町作開" »

繁栄の記憶 - 寿都

 積丹半島の南側、北海道の南西部にある寿都町の海岸線を行く。

Img_0065

続きを読む "繁栄の記憶 - 寿都" »

北海道っぽい家

 北海道の住宅は、内地とは異なる特徴的なものが多い。

Img_0050

 北海道では、どの家にも煙突があるようだ。薪をつかって暖を取るのが一般的なのだろう。

続きを読む "北海道っぽい家" »

鰊漁の遺構を訪ねて - 余市

 北海道の日本海側の他の町と同様に、余市もニシン漁で栄えた歴史を持つ。その繁栄の様子は下ヨイチ運上家と福原漁場のふたつの遺構から偲ぶことができる。

 運上家とは、江戸時代の松前藩で、アイヌと和人が交易をした場所のことである。ニシン漁場のすぐ前に建てられたこの運上家では多量の魚が取引されたという。

Img_9987

続きを読む "鰊漁の遺構を訪ねて - 余市" »

ニッカウヰスキー創業の地 - 余市

 余市はニッカウヰスキーの創業の地である。

Img_0004

 スコットランドでウイスキー造りを学んだ竹鶴政孝が、よりスコットランドに近い気候の土地でウイスキーを製造するため、サントリーを退社して創業したのがニッカである。

続きを読む "ニッカウヰスキー創業の地 - 余市" »

祝津の鰊御殿

 小樽から北へ数キロ、石狩湾に突き出た岬の先端にある祝津へ。

Img_9917

続きを読む "祝津の鰊御殿" »

北の港町 - 小樽

 もともとは小さな漁村だった小樽は明治時代に大きく発展する。

Img_9874

続きを読む "北の港町 - 小樽" »

平野の一本道 - 鶉町

 いかにも北海道という風景の中、車を走らせる。

Img_9648

続きを読む "平野の一本道 - 鶉町" »

かつてのにぎわいもいまは昔 - 江差

 江戸時代の北海道における政治の中心地が松前なら、経済の中心地は江差であった。

Img_9603

 江差はニシン漁の基地として繁栄した。また、北前船の寄港地であり、北海道の商業や文化の中心地であったのだ。

続きを読む "かつてのにぎわいもいまは昔 - 江差" »

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »