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ヤマレコ

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いつかまた輝く日まで

 松島の中心街は閑散としていた。

 国宝の瑞巌寺は参拝を再開し、松島湾の遊覧船も数日後には再開予定だと新聞で読み、災害から復興しつつある観光地を想像してここへ来た。

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 が、しかし、津波の傷跡はいまだ深く刻まれたままであった。

 確かに、松島は他の町に比べて被害が軽微であった。建物が破壊されず、そのままの姿で建ち続けているだけで、そう思えてしまう。

 だがよく見ると、大通りに並ぶ土産物屋はどこも、一階が津波に洗われたようだ。改修や清掃を行っていた店舗もあったが、多くは閉ざされたままであった。

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 あれから一ヶ月以上経つのに、である。商品も水をかぶっただろうし、新たに仕入れる目処もたたないのかもしれない。

 それでも、他の町の壊滅的な状況と比べれば、相対的には軽い被害ではある。しかし、これは普通で考えれば、大きな大きな被害だ。一ヶ月以上もの間、売り上げがゼロなのである。そしてそれがいつまで続くのか見通しもたたないのである。

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 松島で土産を買って帰るつもりだったが、営業を再開している土産物屋は一店舗もなかった。歩き回ってさがしてみたが、わずかに喫茶店と牛タン店、あとはトレーラーハウスのソフトクリーム屋が営業しているのみであった。

 まるでゴーストタウンのようであった。

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 しかし、古来より多くの人々を感嘆させてきた松島の景観は、以前と同じくそこにあった。

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 この風景があるかぎり、再び輝く日は必ず訪れる。

 
 

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