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ヤマレコ

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2012年4月の25件の記事

しょうゆ豆

乾燥そら豆をよく炒って、しょう油、砂糖、みりんを合わせたタレに漬け込んで作るしょうゆ豆。

香川県民のソウルフードらしい。

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市販品は甘みが強いが、家庭で作られるしょう油豆は、もっと甘さ控えめだそうだ。

 
 

徳島ラーメン

茶色いスープに生卵、ご飯のおかずとして食べる徳島ラーメン。

スープは豚骨の香りが強く、コクがあってほんのり甘い。すき焼きのタレを薄めたみたいな感じだ。

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チャーシューの代わりに、甘辛く煮た豚肉。生卵を落として、ご飯とともに食べるのが、一般的スタイルらしい。

 
 

雅びな漁村 - 鞆浦

四国の南東岸、太平洋に面した鞆浦は、海部川河口のわずかな平地にある小さな漁村だ。

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ぶっちょうの町並み - 甲浦

いまはのどかな甲浦の町は、かつては土佐街道沿いの街道町であり、土佐と上方を結ぶ港でもあった。

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The Final Destination - 室戸岬

最後の場所までもう少し

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実用的で美しく - 吉良川

白壁の町並みが続く海岸沿いの旧街道から一本内陸に入ると、吉良川の町の様子は一変する。

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旧街道沿いの建物は町家造りだが、そのすぐ裏手の少しだけ高くなった段丘上にあるのは、塀に囲まれた農家様式の屋敷である。

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水切り瓦と白壁の町 - 吉良川

室戸半島の先端部近くにある吉良川の町は、明治から昭和初期にかけて、備長炭の生産と、その海上輸送で大いに繁栄した。

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土佐東部の中心地 - 安芸

安芸土居を後にして、安芸の市街地を訪れた。

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数キロ内陸に入った安芸土居の城下町から、便利な海岸沿いに移り住んだ町人の町である。

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冬晴れの朝

朝の光を浴びて、冬枯れの田んぼが輝く

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廓中の生け垣いまも麗しき - 安芸土居

中世、土着の豪族安芸氏が支配した安芸の地は、戦国期の長宗我部氏の支配を経て、江戸時代には土佐藩の所領となった。

藩主山内氏の家臣、五藤氏が安芸城に入城し、この地を治めることとなる。

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いまごろどこで、なにを見てるのか

高知には夜着いた。

年末年始に四国の田舎を旅したため、ずっとコンビニ以外に開いてる店がなかったが、高知ならさすがになにかまともなものが食べられるだろう。

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日本三台がっかりのひとつ、はりまや橋でがっかりしてから、周辺の繁華街をうろうろした。やってるのは飲み屋ばかりで、あとはラーメン屋くらいしかないが、それでもありがたい。

二日ぶりにコンビニ弁当以外のものを腹に入れ、さらに帯屋町をうろついた。

高知に住む友人が、ここでアクセサリーの路上販売をしていたのだ。ずっと連絡をとっておらず、私の何度かの引越しで、お互い連絡先もわからなくなってしまい、かれこれ二十年近くも会ってない。

この二十年の間の自分の変化を考えると、彼がまだ同じ場所で同じことをしているとは考えにくかったが、それでもそこへ行けば会える気がしていた。家族もあり住む家もあるし、なにより彼がお気に入りの高知を離れるなんて想像できなかった。

以前は何度も遊びに来ていたので、少し歩いただけで、彼が路上に店を広げていた場所はわかった。

しかし、そこに彼の姿はなかった。

いつももっと遅い時間からはじめてたっけかな。それとも、正月はかき入れどきだと言いつつ、元日くらいは休んだっけかな。

などと、いろいろと思い巡らせ、しばらく待ち、周辺をうろうろしたりしていたが、ついに彼が姿を表すことはなかった。

二度がっかりして、高知を後にした。

 
 

股がすーすー沈下橋

愛媛県南部を抜けて西の端から高知県に入り、まず最初に目指したのは四万十川である。

上流まで向かう時間の余裕はなかったが、最後の清流と称えられるその流れを一目見てみたかったのだ。

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継ぐ土地のない者たちの漁村 - 外泊

四国西岸は複雑なリアス式海岸が延々と続き、数々の入り組んだ半島が沿岸部より伸びている。

そんな半島のひとつ、愛媛県南西部にある船越半島の真ん中辺り、北側に開けた入江に外泊は位置する。

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てんやわんやの町 - 津島町岩松

津島町岩松という小さな町を訪れた。

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永遠に建設途中の観光都市

四国の西の端、愛媛県南西部の南予地方は、都市部からのアクセスの悪さで、高度経済成長期にも発展から取り残されていた。そんな南予地方の経済の起爆剤として、南予レクリエーション都市の観光開発が計画された。

しかし、オイルショックや集客見込みの甘さ、鉄道や高速道路の整備の遅れにより、計画は事実上頓挫している。計画の中心の海洋レクリエーション施設の建設は未着手であり、公園だけが整備されているようだ。

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南レク街路と呼ばれるアクセス道が、開発途中で放棄された風景の中を、南予レクリエーション都市になるはずだった土地まで通じている。

 
 

空に向かって耕す畑 - 遊子水荷浦

ねじ曲がり折れ曲がりながら、宇和海に向かって延びる三浦半島。

その中央部で細胞分裂して分岐した岬の先端部が遊子地区だ。

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入江の漁村 - 三浦東

宇和島の西に広がる宇和海。その南部の海岸線は、複雑なリアス式海岸である。

地図を見ると、何本もの触手が陸地から海に向かって、うにょうにょと延びているように見える。そして触手全体から、イボのように無数の突起物が吹き出ている。

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時は流れる - 宇和町卯之町

中世、城下町として起こった卯之町は、江戸時代に宇和島藩領となり発展する。

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刻み煙草と甲子園 - 阿波池田

阿波西部の中心地である池田は、吉野川の南岸を行く伊予街道と北岸を行く撫養街道の合流点であり、さらに西へ向かうと、伊予国や讃岐国へと至る交通の要衝だ。

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昔も今も変わらぬ風景 - 一宇桑平

一宇村の中心地からさらに山の奥へと、剣山に向かって進む。道は次第に心細くなり、集落は小規模なものばかりになってくる。

車を停めて見下ろすと、ひときわ美しい集落が目に入った。地図で調べると、桑平というらしい。

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もう、この先に集落はない。剣山へ向かう最後の集落である。

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巨大山岳集落へ - 赤松・太宗

谷間の集落から見上げる、山の斜面上の村。

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あそこへ登ってみたいと思った。

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天界の村々を見上げる谷間の集落 - 一宇切越

古見の町外れの小さな橋を渡ると、切越集落になる。

川を超えて、古見からずっと町並みが連続しているようである。

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深い山の大きな町 - 一宇古見

貞光で伊予街道をそれて山中へ延びる一本道。剣山へ向かって進む一宇街道。古見は、その一宇街道最大の集落である。

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二層うだつの並ぶ町 - 貞光

貞光は、吉野川北岸の撫養街道と平行して、吉野川南岸を行く伊予街道上に発展した町であり、剣山へ向かう分岐点となっている。

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剣山へ向かって南に延びる街道上に、うだつの町並みが残っている。

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白壁とうだつの町並み - 脇町

脇町は、鳴門から池田へ吉野川北岸を西へ向かう撫養街道上にあり、古くからの交通の要衝であった。

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また、吉野川の舟運も利用できるため、物資の集散地として発展してきた。

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