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ヤマレコ

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2012年11月の22件の記事

鷹ノ巣山登山 その7〜奥

奥集落が見えてきました。標高約900mの、東京都にある山岳集落です。

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ここからバス停がある峰谷までは、まだ200m以上の標高差を下らなければなりません。

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鷹ノ巣山登山 その6〜神々の世界から人里へ

名残惜しいですが下山します。

下山路は、石尾根を雲取山方向に少し進み、避難小屋から奥集落へ降りるルートにしました。

鷹ノ巣山頂から雲取山まで続く石尾根縦走路は、広々として気持ちいいです。

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鷹ノ巣山登山 その5〜そしてついに山頂へ!!

なんどかのがっかりを乗り越えて、ついに登り切りました。

稲村岩からは二時間半くらい、登山口からだとさらに一時間、ひたすら登り続けました。

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鷹ノ巣山登山 その4〜ひたすら登る登り坂

鷹ノ巣山頂へはひたすら登りです。

急登だと脅されていましたが、登ってみたら傾斜はそんなに急ではありませんでした。普通に登れます。

ただ、ひたすら登りが続きます。

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鷹ノ巣山登山 その3〜秋が落ちていました

へっぴり腰で稲村岩から降りてきて、鷹ノ巣山頂を目指して再び登山道を登ります。

訪れたのは10月の初めでしたが、まだ夏の気配が色濃く残っていました。

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鷹ノ巣山登山 その2〜稲村岩に登ってみる

沢から外れて尾根への取り付きを登り切ると、稲村岩への分岐にたどり着きました。鷹ノ巣山方面へは分岐を右ですが、左手には稲村岩が聳えています。

日原の集落から見えていたあの特徴的な岩山の裏側です。

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鷹ノ巣山登山 その1〜奥多摩三大急登の一番手へ

日原に来たのは、奥多摩で一番の急登を登って鷹ノ巣山頂を目指すためです。奥多摩三大急登がどこなのかには諸説あるようですが、日原から鷹ノ巣山への稲村岩尾根が、奥多摩三大急登の一番手であることに異論はないようです。

写真を撮りつつ日原の集落をうろついた後、日原街道沿いの登山口から出発です。

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東京最奥の集落 - 日原

青梅線の終点奥多摩駅から、さらにバスに乗り30分ほど行くと日原に着く。

ここから先へは車では行けない。行き止まりの集落である。

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アカニシ貝

輪島の朝市で見かけたアカニシ貝の煮貝。

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コリコリとした食感と、ほのかな苦味で、サザエとよく似た味わいであった。薄くスライスすると、アワビのようでもある。

 
 

能登の軍艦島

「軍艦島」といえば、長崎のあれを思い浮かべると思いますが、こちらは能登の軍艦島。

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確かに軍艦に見えます。

それにしても、どうしてこんな地形になったのでしょうか。まるで、大陸移動の際に、切り離されて取り残されたみたいです。自然の地形は不思議です。

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ある海沿いの集落の栄枯盛衰 - 曽々木

曽々木は、かつては独立した村であったが、江戸時代には時国家の所領となった。海岸部では塩田が営まれ、廻船業の基地でもあった。

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800年の歴史を生き抜く - 下時国家

時国家は、十二代の時に分家ができた。これ以降、本家の方を上時国家、分家を下時国家と呼ぶようになる。

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平大納言時忠の末裔 - 上時国家

時忠の死後その跡を継いだのは、時忠の息子時国であった。

初めは時国も、平家残党狩りの手から逃れるため、山深い大谷の地にとどまっていたが、源氏の勢力が弱まってくると平野部へと移り住む。

そして、源氏の世で生きていくために平氏の姓を捨て、名の時国を名字とし、時国家を起こす。

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ただ春の夜の夢の如し

「平家にあらずんば人にあらず」

平氏が栄華を極めた時代、この言葉を発した平大納言時忠の墓は、奥能登の山深い地にひっそりとある。

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現存唯一の揚げ浜式塩田 - 珠洲市仁江

海に囲まれた日本では、昔から塩は容易に手に入ったような錯覚をするが、塩が貴重品だったのは山間部だけのことではない。

国内では、岩塩のような塩の結晶体が存在せず、また、雨が多いため、海水の自然乾燥では塩が結晶化しない。そこで、海水から塩を取り出すための工夫と努力が重ねられてきた。

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耕して海に至る - 白米千枚田

白米千枚田へ。

奥能登の海岸沿いの、日本海に向かって落ち込む斜面上のわずかな土地を耕作している。

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棚田に水を供給する用水路は、江戸時代に造られたものだそうだ。

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能登の里山里海

国連食糧農業機関によって2002年に創設された世界農業遺産。

日本からは、2011年に能登半島と佐渡ヶ島が、先進国で初めて選定されている。

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地域に根ざした、伝統的で持続可能な農法が生み出した景観や文化は、経済的に発展した現代の日本にも、まだ消えずに残っているのである。

2012年現在、世界農業遺産(世界重要農業資産システム)は以下の通り。

・チロエ農業(チリ)
・アンデス農業(ペルー)
・イフガオの棚田(フィリピン)
・カシミールのサフラン栽培(インド)
・水田養魚(中国)
・ハニ族の棚田(中国)
・万年の伝統稲作(中国)
・トン族の稲作、養魚、養鶏(中国)
・マグレブのオアシス(アルジェリア、チェニジア)
・マサイ族の放牧(ケニア、タンザニア)
・トキと共生する佐渡の里山(日本)
・能登の里山里海(日本)

 
 

奥能登の里の風景 - 三井

輪島より南へ、奥能登内陸部の三井へと向かう。

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伝統の朝市は今 - 輪島

輪島の朝市へ。

小学校の教科書にも載っていた、伝統のある朝市である。

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岬を超えて - 赤崎

大沢から東へ、輪島方面へと向かう。大沢のすぐ隣は赤崎集落だ。

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間垣の里の中心地 - 大沢

大沢集落は、上大沢から2キロほど東の海岸にある。

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幾星霜の風雪に耐えて - 上大沢

上大沢は、能登半島北部の日本海に面した小さな漁村だ。

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