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ある海沿いの集落の栄枯盛衰 - 曽々木

曽々木は、かつては独立した村であったが、江戸時代には時国家の所領となった。海岸部では塩田が営まれ、廻船業の基地でもあった。

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長らく奥能登の寂れた漁村であった曽々木は、昭和30年代に観光地として脚光を浴びる。

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映画の撮影に使われたことで広く知られ、多くの観光客が訪れた。

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海岸部の民家が改装され、旅館や民宿になっていった。

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曽々木は、能登の親不知と呼ばれる難所である。

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しかし、昭和38年にトンネルが開通し、能登半島のさらに奥へと車道がつながると、人の流れが変わってしまう。

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観光客の多くは、通過するか、短い時間立ち止まるだけになってしまった。

 
 

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