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ヤマレコ

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山蛭戦記

気づいた時には遅かった。

足首やくるぶしに針の先でそっと突くような軽い刺激。靴の中に指を入れてみると、柔らかく弾力のある不快な触感。

やられた。山ビルだ。侵入されてる。

慌ててかき出すと、山ビルは安穏を乱された怒りで蠢き、指に纏わりつき、大きく口を開け、全力で吸いついてくる。

何度も何度も地面に向かって大きく手を振り、指に絡まる山ビルを落とした。

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天気予報も良くないし、近場の登ってない山でもと気軽に来てしまった。石砂山が山ビルの山だってことなどすっかり忘れて。

気温は上がり湿度は高く、不愉快に蒸し暑い。前日の大雨で山はたっぷり水分を含んでいる。登山道に厚く積もった落葉もぐっしょり濡れている。奴らが大発生するのに最適な日じゃないか。

左右の靴に指を入れ、届く範囲の山ビルをかき出したが、まだかなり侵入されているはずだ。チクチクした刺激も消えていない。しかし、これ以上はここでは無理だ。ここで靴を脱ぐわけにはいかない。腰を下ろしたり、ザックを地面に置くのは自殺行為だ。侵入経路は足だけに留めておかなければ。背中にでも回られたら対処の方法がない。

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そうこうしてるうちにも、数匹の山ビルが靴に這い上がってきている。なんて山ビルが濃いんだ。払っても払っても這い上がってくる。キリがない。このまま靴の中で奴らに血を吸われたまま、まずは安全地帯まで抜けるしかない。

伏馬田城址まで登り、そこから菅井まで下る予定だ。集落まで下ったら、靴の中の山ビルどもを退治しよう。

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数歩進むだけで、すでに山ビルが這い上がってきている。じめじめ湿った厚い落葉の下には無数の山ビルが蠢いていて、足を下ろした途端、奴らは靴底に吸い付き、尺取虫のような動きで靴の上に移動し、足首を目指して這い上がってくるのだ。

靴の中では何匹もの山ビルが皮膚に吸い付き血を吸っている。新たな山ビルは、次から次へと靴に付き這い上がってくる。もはや侵入を防ぐより、一刻も早く集落まで下ろう。

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登山口まで下り、周囲の安全を確認してからザックを下ろし、ベンチに腰掛けて靴を脱いだ。

うわっ...。

靴を脱いだとき、思わず声が出てしまった。登山用の分厚い靴下の上から吸い付いて、たっぷり血を吸った山ビルども。その数、十数匹。さらには登山靴の中にも数匹残っている。

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それを一匹づつ引き剥がし、指に絡まりつくのを振り払うようにしてペットボトルに入れていく。登山口には塩入りのペットボトルが置いてあり、山から連れてきた山ビルは、集落に入る前にそこへ入れていくのだ。塩攻めされた山ビルどもは、体内の水分をあっという間に奪われ、小さく萎んで動きを止める。

吸血中の山ビルは動かないので、引き剥がすのは難しくなかった。これがもし、捕まるのを避けようと瞬時に反応して飛び上がり、上空から首筋に吸い付いたりされたら、相当に困難な戦いを強いられるだろう。奴らが進化して羽根でも生えたら、または大きくジャンプする身体能力を身につけたら、人類にとっては大きな危機が訪れるに違いない。

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奴らも、引き剥がされた後、おとなしくペットボトルに入ってはくれない。蠢き絡まり指に吸い付く。それを一匹一匹ペットボトルの小さな口に入れていくのは気が遠くなる作業だ。靴下にはまだまだ何匹もの山ビルが吸い付き、血を啜っている。それに、右足は依然として靴を履いたままである。

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すでに心が折れかかっているが、ここで終わりではない。駐車場まで帰り着くには、あとひと山越えなければならない。ヒル退治を終えた足に登山靴を履き、これも登山口に置いてある山ビル避けのスプレーをたっぷりかけて、峰山を超えて藤野を目指す。

山道を歩き始めてすぐに、山ビルが靴に上がってきた。くっ、山ビル忌避剤などクソの役にもたたないのか。

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網子からの登山道もじめっと湿っていて、山ビルが密生しているようだ。だが、先ほどの伏馬田城址とは違い、落葉は積もっておらず、登山道の地面が見えている。

登山道をよく注視して歩いていると、こちらに向かってくる山ビルの姿を発見することができる。人間に向かって一直線に進んでくる奴らの姿を。必死にひたむきに、ただ血を吸うためだけに全力で向かってくる奴らの姿を。このひたむきさが、原始の生命体の武器なのであろう。

尺取虫のような動きではあるが、尺取虫のような優雅さはない。あまりに急ぎ過ぎているためか、動きがカクカクしている。熱源を感知し、必死にひたむきに向かってくる奴らの姿には、意思の力を感じない。ただひたすらDNAの情報に従っているだけの存在。生物というよりも、むしろ機械のように。まさにこれこそが生物兵器…。

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そうして正面から向かってくる山ビルに対峙しているうちに、気づくと背後から上られていた。しまった。奴らは数にものを言わせて攻めてくる。それも四方八方からだ。

指でつまみ、潰そうと試みたが、全く潰れそうもない。硬いとは違うが、非常に弾力がある。まるでイカ刺しやホルモンを潰してるかのよう。靴で踏んだくらいでは歯が立たない。というか、奴らは踏まれたら靴底に張り付き、そこから靴の表面に上がり、足首まで到達しようとするのだ。

石ですり潰すとも聞くが、そうそう簡単に潰せるものでもない。少なくとも、柔らかな土の上では、いくら石をこすりつけても効果がない。平らで硬い場所に置き、それなりの大きさと重さの石を使って、ようやくすり潰せるかどうかだ。だが、そんな都合のいい石が山の中で都合よく手に入るわけでもない。平らで硬い場所もない。それに、潰すのに手間取ってるうちに、次々と侵入されてしまう。指に絡まる奴らを振り落とすだけでも、その間に上がられてしまうのだから。

もう、潰すのは諦めるしかない。奴らを殺るには塩兵器が必須だ。いまはとにかく靴の中に侵入させないだけで精一杯である。

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靴に着いた山ビルを払うには、弾き飛ばすのが効果的である。つまんでしまうと指に絡まってなかなか落ちないが、デコピンするみたいに指で弾けば一瞬で飛んでいく。これなら時間をかけずに排除できる。奴らの波状攻撃を防ぐにはデコピンで防御する他ない。

いくら注意して歩いていても、濃密な山ビル地帯を突破する限り、奴らが靴につくのを完全に避けることはできない。絶えず靴を注視しながら歩き、奴らの姿を視認したら、すかさずデコピンで排除する。数メートル進むうちには、必ず一度はデコピンしなければならない。

いま周囲から攻め込んできている山ビルは、おそらく数十匹だろう。だから、しばしば立ち止まりながらもなんとか進めている。だがもし、これが何千何万という大群だったとしたら…。デコピンスピードが間に合わず、次第に山ビルに侵されていき、心折れ、膝が崩れ、地に伏して、やがて山ビルまみれになっていく己の姿を想像すると戦慄が走る。触手物という言葉が脳裏に浮かぶ…。

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なんとか戦えているとはいえ、ずっと足元を見つめて歩き、数歩ごとに腰を屈めて奴らを排除しつつ進むのは、体力と精神力を蝕まれていく。腰を下ろすことなどできるわけもなく、立ち止まることすらできない。集中力が徐々に低下していく。奴らは攻撃の手をゆるめることなく、ひたすらひたむきに迫ってくる。次第に防御がおろそかになっていく。

足に軽い刺激を感じる。どうやら侵入されているようだ。やはり100%完全に侵入を防ぐのは不可能だ。しかし、ここで靴を脱いで処理することはできない。とにかく安全地帯まで歩き切るしかない。

峰山に到着した時には、だいぶヒル濃度が薄くなっていた。ここでなら靴の中の山ビルチェックができそうだったが、安全策でアスファルト道まで下山することにした。

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そうして藤野まで下りてきて、靴を脱ぎ足回りを確認した。左右の足に一匹づつ。それ以外は侵入されていないようだ。

血を吸って膨れた山ビルを引きはがし、太陽熱で熱せられたアスファルトの上に捨てた。灼熱のアスファルトに放置された山ビルは、声にならない断末魔の叫びをあげ、のたうち回り、やがてくるくると丸くなり動かなくなった。

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こうして戦いは終わった。だがこれは勝利ではない。なんとか逃げ切っただけだ。

塩入りペットボトルの力も借りて、いくらかの山ビルは処理したが、血を吸われたまま逃げられた個体も多い。奴らの唯一の目的は、DNA情報の次世代への継承なのだから、奴らは奴らの集団としての目的は果たしたのかもしれない。

奴らが進化し、高度な知性や驚異的な身体能力を確保したとき。その時こそ本当の戦いの始まりである。

 
 

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