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ヤマレコ

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北アルプスの四日間 その3

涸沢岳はガスに巻かれていた。展望はないが、暑くないのは助かる。景色は明日の楽しみとしよう。

ひさしぶりに腰を下ろして休憩した。北穂高小屋でも南岳小屋でも立ったままだったから、座ったのは朝ごはんを食べた大喰岳以来だ。ここまでどれだけ気持ちが焦ってたんだろうとおかしくなってきた。

スマホを見ると、電波が入っていた。外の世界とつながるのは、横尾を出てから初めてだ。いろいろチェックしようとしたが、すぐに思い直して立ち上がり、ザックを背負った。穂高岳山荘はすぐそこだ。ここまで来たら、先にテント場まで行っておこう。テント装備の登山者が何人も目の前を歩いている。もうすでにテント場はいっぱいの可能性が高いが、スマホを見てたせいでテントが張れなくなるのも馬鹿らしい。小屋で電波が入らなければ、あとでまたここまで登ってくればいい。

テント場の混雑を気にするのはもうやめたのだが、ここは急ぐところだろう。なにせもう、すぐそこなのだ。

涸沢岳から穂高岳山荘までの下りを一気に駆け下った。

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穂高岳山荘はありえないくらいにごった返していた。

山荘前の広場は、ここが北アルプスの稜線上だとは信じられないくらいの人で埋まっている。無数の話し声が入り交じり、低くて重い唸りになって渦巻いている。テント場もどう見ても張る余地はなさそうだ。受付にも長蛇の列ができている。

いちおう確かめに行ったが、やはりテント場はいっぱいで、素泊まりとのことであった。まあ、こうなることを半ば予想していたともいえる。こうなれば、取るべき手段はひとつしかない。

営業小屋に泊まるつもりは毛頭ない。水も買ったしポカリも買ったが、そこだけは譲れないマイルールである。テント装備を担いできて小屋に泊まるのもくたびれ損だ。それに今夜の小屋は大混雑だろう。すでにかなりの人がいるが、このあとも続々と登ってきている。これは、一枚の布団に三人が寝るパターンだろう。まあ、両側がかわいい山ガールだというなら、何千円か払って小屋に泊まるのも悪くない。だがどうせ、隣りは汗臭いオヤジに決まっている。なにが悲しくて、臭いオヤジとくっついて夜を明かさなきゃならないのか。それに、小屋泊まりの登山者と話しをするのも億劫だ。山でも街でも、できれば誰とも会話なんてしたくないのだ。

このまま先へ進むのは、さすがに無謀である。暗くなったら岩稜は歩けない。この時間からだと途中ビバーク必須になるが、暗くなるまでにビバーク可能地点が見つかるかわからない。それにビバークに必要十分な水も担がなくてはならない。

だとしたらどうするか。選択肢はひとつしかない。稜線で張れなければ、張れるところまで降りるしかない。稜線で水が無ければ、水の出ているところまで降りるしかないのと同じことだ。

よし、涸沢まで下ろう。

この時点で、西穂までの縦走は諦めることにした。明日また再びテント装備を背負ってここまで登り、その先の縦走路を行くのも、やってやれなくはない。だが、そこまでして行こうという気になれない。今回はここまででいい。なんだか少し疲れてしまった。明日もう一度、テント装備でザイテングラートを登り返す気力がわかない。心の疲労が体にも影響をおよぼしているようだ。

明日は涸沢から奥穂に登って涸沢へ戻る。そのまま下山もできるが、休みはまだあるし徳沢あたりでのんびりもう一泊するのもいい。今回は槍から奥穂まで。大キレットを超えた。それで十分ではないか。初めての北アルプスにしては上出来だ。無理して西穂まで行ってもいいことないだろう。続きはまたの機会に取っておこう。

登山者でごった返す穂高岳山荘を後にして、ザイテングラートを下っていく。涸沢にはすでにたくさんのテントが張られているのが見える。下っていく間にも、その数がどんどん増えていく。まあ、涸沢なら張れないということはないから、その点では安心である。

すぐそこのように見える涸沢だが、下っても下ってもなかなか近づいてこない。さすがに、一日分の行程を歩いたあとでの追加のこの下りは足に堪える。一気にいきたいところだが、一歩一歩よろよろと下っていく。

ようやくにして涸沢に到着し、やっと今日の行程が終わった。

テントを張り、ぐったりしつつもコーヒーを淹れ、カップがないのでコッヘルで飲む。今回は贅沢に粉ミルクも持ってきたのだが、コッヘルに入った茶色いミルクコーヒーは全くコーヒーらしくなく、どう見ても泥水にしか見えない。泥水色のコーヒーを飲みつつ、今回の山行の唯一の甘味である黒砂糖を齧った。

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涸沢は華やかだ。色とりどりのカラフルなテントがカールを埋め尽くしている。おしゃれな山小屋には「生ビール」「もつ煮」「おでん」といった、そそられる文字が踊っている。

中高年も若者も、みな鮮やかなウェアを身にまとい、グループであったりカップルであったり、仲間とのおしゃべりに夢中である。おしゃれで賑やかで、ここが北アルプスの山の中だということを全く忘れさせる。

あぁ、ここは観光地なんだ。涸沢だけではない、いま考えれば穂高岳山荘だってすっかり観光地の様相であった。槍ヶ岳山荘だって北穂高小屋だってそうだった。上高地や徳沢はもちろんである。北アルプスは観光地なんだ。

そう思うと、いろんなことが腑に落ちる。この賑わい、この華やかさ、この喧騒。それに、いかにも危なっかしい人がけっこう歩いていたことも。どう見ても山慣れしていない人が、それなりに危険のある場所を歩いていた。ガラガラと石を落としながらガレた登山道を下っていく人もいた。北アルプスの遭難の多さは、観光客が大挙して訪れていることにも原因がありそうだ。とはいえ、業界の唯一の目的は金儲けであるから、抜本的な対策はなかなかなされない。

観光地には観光地の楽しみ方がある。北アルプスはおじさん単独で来るところではない。ここは、かわいい山ガールといっしょに来るべき場所だ。涸沢はビールを飲みながら、「ほら、見てごらん。あれが奥穂で、あっちが北穂」「わ〜!すごい〜!きれい〜!」とかやるべきところだし、大キレットは「きゃー!こわい〜〜!」「大丈夫だよ、落ち着いて。ここに足をかけて、右手はもう少し下にして」とかやりながら通過するべきところである。

観光地には観光地の楽しみ方がある。ここは、己のルールにストイックになる場所ではない。わかってはいるが、それでもカラフルな登山者にまぎれて小屋で飲み食いする気にもなれず、テントにもどって春雨、切り干し大根、干しシイタケ、高野豆腐、乾燥大根葉と乾物ばかりのおかずを作り、粉末ジャガイモをお湯で溶かして主食として、スキットルの酒を飲んだ。

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朝日が3000mの頂に届き、穂高の峰々が薄紅色に染まる。

昨日は下ったザイテングラートを、今日は登っていく。テントは涸沢に置いてきた。荷物が軽いからか、体力が回復したせいか、それとも今日の行程の短さからくる気安さのおかげか、なんだか体が軽い。昨日はよろよろになって下ったザイテンだが、今日は軽快に高度を稼いでいく。

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朝の穂高岳山荘もかなりの混雑であった。

奥穂への登りには登山者が連なり、順番待ちの列ができている。しかしもう、イラっともしない。うつむき加減で足早に通り過ぎることもない。ここは観光地で、すっかり観光地を楽しむ気分になっている。登山道の渋滞というより、アトラクションの順番待ちのようだ。

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喘ぎ喘ぎ登る人たちを横目に、すいすいっと軽快に進んでいく。

荷物が軽いと心も軽いし足も軽い。3000mの薄い空気にもすっかり体が慣れたようだ。

そうして、いともあっさりと奥穂高岳の山頂に着いてしまった。

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奥穂の山頂はカオスだった。

山頂標柱のある狭い岩の上は人でひしめき合っていた。隣りの小岩でカメラを構える仲間と大声で指示を出し合っている。山頂に到着した若い男のグループが、いっせいに雄叫びを上げる。子供は泣き叫び、両親が金切り声で叫ぶ。

登頂の興奮冷めやらぬといったところか。気持ちはわからないでもないが、これはいくらなんでも行き過ぎだ。

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今回の北アルプスはここでおしまい。あとは涸沢にもどってテントを片付け徳沢まで下り、今夜は徳沢で思いっきりビールを飲む。徳沢なら完全無欠の観光地だから、小屋でビールを飲んでも後ろめたい気持ちにもならないだろう。

旅の終わりがこんなカオスな山頂だとは、なんともおかしくなってきた。これこそが今回の旅にふさわしい終着点のような気もして、にやにや笑いがこみ上げてくる。

 
 

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