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ヤマレコ

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カテゴリー「27 奈良県」の7件の記事

そうめんの端っこ

 手延べそうめんを棒につるして乾燥させ、そうめんを切り分けた残りの、棒に引っかかっていた部分が「そうめん節」である。曲がった部分は幅が広く、そうめんを切り分けた先っぽは細い。形状から「バチ」や「かんざし」と呼ばれることもある。

 そういうものがあるとは知っていても、なかなか目にする機会がなかったのだが、関西地方で販売されているのを発見した。さすが西日本はそうめんの本場である。

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 食べ方がよくわからないのだが、パッケージには味噌汁、スープ、サラダ、雑炊などにと書いてある。また、そのまま油で揚げて食べてもいいようだ。

 とりあえず鍋に入れて食べてみた。芯が残るような固めのゆで方ではなく、しっかりゆでたほうがいい。そうめんとは異なる弾力のある食感である。うっすらと塩味が残っていた。

 
 

老舗の一本

 国道沿いの道の駅はたいへん混雑していたが、古い町並みを見に来る人はほとんどいなく、大宇陀の町の中は閑散としていた。日曜日だったが開いている店も多く、様々な老舗をのぞきながら歩くと、一軒の店で声をかけられた。
 「うちは代々これ一本です」

 その一本とは奈良漬である。試食したらたいそううまかったので瓜の奈良漬を購入。

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 道の駅でも同じ奈良漬を販売していた。町並みの中の店舗まで買いに来る人は少ないが、道の駅は集客力があって便利に買い物ができるので、地域の商品の販売には適しているのだろう。

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 しっかり漬かっているので、厚く切ると味が濃すぎるかもしれない。薄切りにした方がおいしく食べられる。家の者は奈良漬があまり好きではないのだが、これはおいしいといって食べていた。

 
 

葛と薬草の町

 柿本人麻呂が歌に詠んだ大宇陀の地は、万葉の時代には阿騎野と呼ばれる原野であり、大和朝廷の狩猟場や薬草摘みの場であった。

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 中世末期に城下町として町が形成され、その後江戸時代には天領となる。

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 南北に流れる宇田川沿いに町が発展した。

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 大和方面から来た道は大宇陀にて、伊勢へ向かう伊勢道と吉野へ向かう吉野道に分かれる。

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 大和へ運ばれる伊勢の海の幸も吉野の山の幸も大宇陀に集結するのだ。

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 地の利を生かして商家が発達した。

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 江戸時代に開かれた薬草園があり、大宇陀には薬舗も多かった。吉野葛を扱う老舗もある。葛切りに使われる葛も、もともとは薬草である。

 
 

山里の寿司

 紀伊半島山間部の郷土料理、柿の葉寿司を買い求める。

 一口大ににぎった酢飯に塩鯖の切り身をのせ、ひとつづつ柿の葉で包んで押しをかけた寿司である。

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 熊野灘の鯖が塩漬けにされて吉野に運ばれ、そこで生まれた食べ物だ。現代では鮭や鯛の柿の葉寿司もあるが、やっぱり鯖が一番旨い。

 
 

夢の跡

 五條の町並みを高架橋が横切っていた。こんなところを電車が走るのかと訝んだが、高架橋のところまで行ってわかった。これは五新線跡なのである。

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 五新線とは、奈良県の五條と和歌山県の新宮を結ぶ鉄道路線である。吉野山地を縦断して走り、その沿線の多くは吉野の山中である。

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 地元の熱い要望により戦前に建設が着工されたが、戦時中の資材不足で一時中断し、戦後再開されるも国鉄再建法施行により工事は凍結されてしまった。鉄道輸送の需要減や地域の人口減などにより採算が見込めないため、結局一度も列車が走ることはなく鉄道計画は断念されてしまった。

 現在ではバス路線が鉄道計画に取って代わっているが、赤字路線であり便数も少ない。一部完成していた鉄道路はバス専用道として活用されている。

 
 

古都の南の交通の要衝

 奈良県南部の吉野地域の中心地は五條である。

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 吉野川沿岸に位置する五條は水上交通の要衝であり、また盆地であるため四方からの街道がここに集まる陸上交通の要でもあった。

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 北は大和や河内へ向かう街道、南の熊野へと向かう街道、東は伊勢街道、西へは紀州街道が五條を起点として延びている。

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 しかし、これらの街道は国道となり拡幅されてしまったため、古い町並みの多くは失われてしまった。

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 町並みが連続して残るのは新町通りである。これは江戸時代初期に建設された新町村と二見を結ぶ道である。

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 五條中心部から二見まで、延々1km以上も見事な町並みが続いていた。

 
 

寺内町の栄枯盛衰

 町並みの種類のひとつに寺内町というものがある。

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 これは中世の動乱期に一向宗寺院を中心にして信者が居住し、周囲に濠をめぐらせて要塞化した町のことである。

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 奈良県橿原市の今井町は現存する最大で最良に保全された寺内町だ。

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 もともとは興福寺の荘園であったところへ、一向宗門徒の今井兵部が信者とともに移り住み、称念寺を中心とした寺内町を形成していくことになる。

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 当時は中世の動乱期であり、今井町も武装し要塞化していったが、信長に降伏して後は特権を認められた上で商業都市として発展していく。

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 現在の今井町は、約300m×600mの範囲内にある750軒ほどの家屋のうち、550軒ほどが江戸時代の建築であるそうだ。

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 この中には重要文化財が8軒あり、その他にも県や市の指定文化財となっているものがある。もう、圧倒的な密度なのだ。

 
 

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