旅行・地域-甲信越

松之山温泉郷をぶらぶらと歩く

 少し時間があったので、松之山温泉郷を散歩。ちょうど大地の芸術祭の会期と重なっていたため、若い人たちが多かった。

 この大地の芸術祭とは、十日町市と津南町の広大な地域を会場とした芸術祭である。自然の風景や村の暮らしの中にアート作品が展示される、なかなかにおもしろい試みである。

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 温泉郷の中心にある公共の温泉、鷹の湯。温泉にはただ入るだけで、泉質がどうだこうだとか関知しない私でもわかるくらい、ここのお湯はすばらしい。

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 町から少し外れたところには、木造三階建ての温泉旅館、凌雲閣がある。ここも、いつか泊まってみたい宿のひとつである。

 
 

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棚田のロケハン

 棚田の写真を撮るなら、やはり水の張られた季節に限る。朝靄の中で日の光に輝く棚田は別世界の美しさだ。そうはいってもなかなかその時期に訪れることもできず、今回は収穫期の棚田を撮影に行った。それに、朝焼けの写真を撮るなら、暗い中を移動するので事前の下見は必要になる。

 訪れたのは新潟県十日町市の松代である。

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 棚田マップなるものが配布されており、主だった棚田の場所と撮影ポイントまで記されていた。便利だけど探す楽しみがなくなってしまったようである。当然、有名な場所にはカメラを持った方々がたくさんいらっしゃいました。

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 棚田を観光に訪れる人が増えるにつれ、マナーの悪さが目立つようである。様々に注意を促がす看板が立てられていた。なかには「ウンコ・ゴミは持ち帰れ」というものまで…。

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 棚田を見に来られても地元にはほとんど利益はないだろうし、設置したトイレの処分費で持ち出しになっているらしい。地元にしてみれば迷惑なだけである。

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 自分も写真を撮るのであるが、撮影マナーについては気をつかっているつもりである。しかし昨今のカメラを持った一部の方々、特に年配の方々の傍若無人は目に余るものがある。周りが見えなくなっているし、注意すれば逆切れする。徒党を組んでいるとたちが悪い。風景写真は映像で綴る詩であるから、そんな心持ではいいものは撮れないぞ! 地元の方々も、さぞうんざりであろう。

 美しい棚田を見に行ったのに、愚痴っぽくなって帰ってきてしまった。

 
 

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実りの季節

 中越地方の山間部は、豪雪地帯であり、また、米どころでもある。

 街道沿いを車で走ると普通の町に見えるようなところでも、裏側に回ると水田が広がっている。

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 柏崎市高柳町の門出もそんな集落のひとつである。街道に沿って郵便局や小学校、公民館などが並び、周辺の集落に比較すると「街」であるが、その裏手はなつかしい日本の農村であった。

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 収穫をひかえて水田が黄金色に輝くこの季節が、農村集落が一年で最も幸福な色に包まれるときである。

 
 

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茅葺環状集落

 新潟県中越地方の荻ノ島へ。

 ここは茅葺屋根の民家が残る農村であり、環状集落として知られるところでもある。

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 環状集落というと縄文時代の遺跡が思い浮かぶ。縄文時代の集落は、先祖の墓や祭祀の行われる広場を中心にして、その周囲に同心円を描くように住居があった。

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 現代にも存続する環状集落は縄文時代とは異なり農村である。水田の周りに、水田を取り囲むようにして農家が並んでいる。

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 荻ノ島の環状集落は、集落の共通財産である水田を外敵から守り、また、それぞれの水田に平等に水や日光が行き渡るように計画された、地形に合わせた合理的な集落形態である。

 
 

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メガソースカツ丼

 中央道上り諏訪湖SAのメガメニューの中にメガソースカツ丼を発見!

 ソースカツ丼好きとしては食べぬわけにはいくまい。そう思い注文したメガソースカツ丼にはトンカツが二枚のっていた。見ただけで健康に悪そうである。

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 ソースはあま~い味付けだった。量としてはこれくらいなら食べられるけど、後半は味に飽きてしまった。

 
 

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消えた集落

 富士五湖のひとつ西湖の西北、富士山を望む地に、かつて根場という日本一美しいと言われた茅葺兜造りの集落があった。しかし昭和41年、台風による土石流に押し流され、根場は壊滅してしまう。

 地図を見るとよくわかるが、根場は三方を山々に囲まれた山裾にあり、残りの一方は西湖に向かって開けている。三方向の山々に降る雨が根場に流れ集まり、そこから西湖へ流入するのである。根場は山々から流れ出した砂礫が堆積した扇状地にある集落だったのだ。

 このような地形上の特徴があるため、集落の裏山で発生した土石流は、急斜面を激しい勢いで流れ落ち、根場集落を直撃してあっという間に飲み込んでしまった。犠牲者は70人以上、残された人々は集落を放棄せざるを得ず、西湖のほとりへ移り住んだ。

 それから40年、放置されていた根場集落跡に、かつての集落景観を再生させようというプロジェクトが始まる。そうして出現したのが、「西湖いやしの里 根場」である。

 民家園の類にはあまり寄り付かないのだが、ここへは行ってみたいと思っていた。

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 根場からは、晴れた日には富士の山を望むことができる。

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 約20棟の茅葺民家は資料館や土産物屋になっている。

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 このような立派な茅葺集落が、もし現代まで存続していたなら、と思いつつ、往時の景観に思いを馳せる。

 
 

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なんとなく河口湖

 うどんだけ食べて帰るのもなんなんで河口湖へ。

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 どんより曇り空で富士山は見えず、ラベンダーの花も終わってしまっていた。

 
 

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吉田うどんの超有名店

 平日に仕事を休んで高速に乗り、うどんを食べに富士吉田へ。今回訪れたのは、テレビや雑誌になんども取り上げられたことのある超有名店、「白州うどん」である。

 このような道沿いにそんな店があるとは思えない片側二車線のバイパス沿いにある。店の目印は無い。ただの民家である。吉田うどんの店が掲げている幟もない。家の前の敷地に車が何台も止まっている。停められないときは反対側の薬局の駐車場に停めるように表示があるが、これも車で走っていると見えない向きに設置されている。

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 店というか家に入ると座敷である。当然、玄関で靴を脱いで上がる。まるでよそ様のお宅へ上がっているようだが、まさにその通りなのである。座敷にはこの家のものであろう様々な備品が置かれている。神棚もあるし仏壇もある。床の間には娘さんのものと思われる習字の掛け軸がかけてある。壁には芸能人やレポーターのものらしきたくさんのサイン色紙が飾ってあるが、その数が多すぎて重ねて飾ってあるため、肝心のサインが良く見えない。

 メニューも無い。玄関を入ってすぐ横の時代がかった厨房で、「あったかいの」か「つめたいの」かを頼むのだ。座敷に座って周りを観察していると、程なくして「あったかいの二つお願いしま~す」とか呼ばれるので、厨房まで取りに行く。しかし、私の前も、その前も、二人連れで、あったかいの二つ注文しているようであり、店に入った順番をよく把握しておかないと、だれの分なのかわけがわからなくなってしまう。まぁ、こういうところは、こういった店では通例の紳士的な振る舞いによりシステムが維持されている。それもこの手の店のいいところである。

 こちらのお店は、マスコミに良く取り上げられているせいで、一見観光客も多いため、見ず知らずの人でも暖かく応対してくれる。しかし外から見た様子は、相当入りづらい雰囲気である。

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 味噌と醤油が混ざったような汁が一般的な吉田うどんであるが、こちらは醤油の澄んだ汁であった。麺は吉田うどんの平均的固さと太さである。なれているので普通に食べてしまうが、初めて食べるとなんじゃこりゃぁとなること間違い無しである。具はもちろんキャベツだ。

 食べ終わったら、またセルフサービスでお盆を下げる。そして厨房で会計して帰るのだ。一杯350円。安さも吉田うどんの魅力のひとつである。

 
 

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木曽路へ向かう道

 江戸時代の初めの頃は、中山道は諏訪より上伊奈の小野宿を通り、峠を超えて木曽路へ至る道筋だったが、その後、塩尻を経由する北回りのルートへと変更された。そのため、塩尻より先、木曽路までに洗馬宿と本山宿を経由することになった。

 本山宿には、わずかではあるが宿場町の町並みが残っている。

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 宿場内の道幅は広い。中山道の時代からこの道幅であったそうである。

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 現代ではバイパスができ、この広い道を通過する車は無い。

 
 

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木曽路への入り口

 「是より南 木曽路」の碑を超えて最初の宿場町が贄川である。

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 木曽路への出入口のため関所が置かれ、木材等の監視をしていた。

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 幾度もの大火により、宿場町の面影はあまり感じられない。

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 町の南部には火災を逃れた数件の建物が残っていた。

 
 

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鳥居峠の向う側

 鳥居峠を控えた宿場町としては奈良井がよく知られている。峠越えを控えているため宿泊する旅人も多く、規模の大きな宿場町であり、江戸時代の町並みも非常に良好な状態で残っている。

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 奈良井から峠を超えた反対側にも、奈良井ほど名が知られてはいないが、峠越えを控えた宿場町がある。それが藪原宿だ。

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 奈良井同様に規模の大きな宿場町である。大火により消失したため江戸時代の家屋は多くない。

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 観光客相手の土産物屋が軒を連ねる奈良井とは違って、実際に人が住んでいる住居や地元の人向けの商店が並ぶ。

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 江戸時代から続く名産品のお六櫛を商う店も数件あった。

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 保存された町並みではなく、生活感が感じられる。

 
 

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木曽義仲、旗挙げの地

 木曽路の宿場町はどこも、深い山に挟まれた谷底の、川に沿ったわずかの土地に密集して建てられている。

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 しかし、宮ノ越の近辺は木曽路には珍しく開けた土地であり、耕作地も多い。

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 他の宿場町とは違った開放感がある。

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 木曽義仲の平家追討の旗挙げの際にも、この開けた土地に兵馬が集結したのであろう。

 
 

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中山道の中間地点

 木曽郡旧日義村原野が、江戸日本橋から内陸部を経由して滋賀県草津へ至る中山道の中間地点のなのだそうである。

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 原野は、木曽十一宿として定められた宿場町ではないが、福島宿と宮ノ越宿の間の宿としてにぎわった。

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 木曽十一宿の宿場町に比べると規模は小さいが、街道沿いに宿場の面影を残す。

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 現代ではバイパスもできて、通過する旅人もなく、町は静けさに包まれていた。

 
 

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木曽谷の中心地

 木曽谷の中心地は木曽福島である。

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 木曽地域の政治経済の中心地であり、江戸時代には福島関所が置かれた。

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 宿場の町並みは昭和二年の大火によりほとんど消失してしまった。

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 わずかに上の段とよばれる、中仙道が木曽川沿いを迂回して通る台地上の地域だけが延焼をまぬがれ、当時の様子をいまに伝える。

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 川沿いの地域には江戸時代の町並みの面影はないが、懐かしい昭和の商店街である。

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 中仙道が迂回した木曽川沿いは崖状の土地であり、崖家造りの建物が並ぶ。

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 道路側から見ると普通の二階建て建築だが、実際は道より十メートルほど低い川岸に足場を組んで、三、四階建ての建物が建てられており、その上階部分が崖の上に頭を出して通りに面しているのである。

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 異なる時代の異なる町並みが楽しめる町である。

 
 

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漆器の町

 木曽路はすべて山の中である。

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 耕作地が乏しいため、江戸時代には白木が特別に割り当てられ、その加工業を生活の糧にしていた。そうして漆器など木材加工品の製作が発達してきたのである。

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 木曽地方の漆器といえば、江戸時代にすでに広く知られた名産品であり、現代にもこの伝統は続いている。

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 木曽平沢には漆器問屋や工房が密集して存在する。その数は百余り、表通りはほとんどすべての店が漆器店であるかのようだ。

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 江戸時代には奈良井宿を補うための宿場の機能も兼ね備えていたが、現代では完全に漆器の町といっていいだろう。町並みの保存にも力を入れているようだ。

 
 

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豪壮な本棟造りの町並み

 小野宿は、伊那や木曽と松本、諏訪を結ぶ交通の要衝である。

 古来よりこの重要な宿の帰属を巡る紛争は絶えず、豊臣秀吉の裁定により、小野は南北に真っ二つに分断して、北は松本の石川氏が、南は飯田の毛利氏が治めることとなった。江戸時代、明治時代を通じてこの境界はそのまま残り、現代でも北は松本市北小野、南は上伊那郡辰野町小野として、行政上は南北に分断されたままである。

 しかし宿場町として栄えたころからひとつの町として機能していたようであり、 目に見える対立や境界があるわけではない。二つの小野でひとつの小学校、ひとつの中学校しかなく、松本市の住民も辰野町の住民も同じ学校に通っている。

 宿場の町並みは小野南部辰野町内の国道沿いに見ることができる。

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 江戸時代の初めの頃は中山道がこの地を通っていたが、やがて中山道が塩尻を経由して木曽路へ向かうルートに付け替えられた後も、信州と三河を結ぶ三州街道の宿場町であった。

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 主要街道沿いではなかったためであろうか、間口三間の鰻の寝床ではなく、間口の広い堂々と した本棟造りの民家が軒を連ねていた。緩やかな勾配の巨大な屋根には、鳥嚇しと懸魚がつけられている。

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 かつては豪壮な本棟造りの建築が居並ぶ壮観な町並みであったのだろう。

 
 

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ブレイク間近か、燕三条ラーメン

 いまだ広く一般的には普及していないご当地ラーメンのなかで、今後のブレイクが期待される最有力候補のひとつといわれる燕三条ラーメンを食しに新潟県燕市へ。

 多量の背油にみじん切りの玉ネギ、見た目からしてインパクト大である。

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 スープは和風出汁でコクがあり、玉ネギのさっぱり感も加わって、見た目ほどくどくはなく、あっさりとしている。

 麺は太麺なのだが、コシがあまりなくやわらかかった。おいしい麺なのだが、もうすこしコシのあるほうが好みではある。

 
 

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現代雁木

 新潟県小千谷市へ。

 ここも雪国であり雁木もあるのだが、木製のものはあまり残っていなかった。

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 木製でなければ雁木とはいえないかもしれないが、これも現代の雁木である。

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 どちらかといえばアーケードといったほうがしっくりするのかもしれないが…。

 
 

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雁木と油揚げの町 その2油揚げ編

 雁木造りの町並みと並ぶ栃尾の名産品がジャンボ油揚げである。

 市内の豆腐屋で販売しているが、道の駅では揚げたてを食べることができる。

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 写真では大きさがわからないが、通常のものよりふたまわり大きく、そしてかなり分厚い。分厚いので内部が豆腐に近く、油揚げと厚揚げの中間くらいである。

 五枚入りを購入し、持ち帰ってさまざまな料理に試したが、やはり揚げたてに醤油をかけたのが最高に美味である。

 
 

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雁木と油揚げの町 その1雁木編

 雪国のアーケードである雁木が良好な状態で残っている町のひとつ、新潟県の栃尾へ。

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 山々に囲まれた、小さな美しい町である。

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 山間部にあるので、冬の積雪もかなりのものなのだろう。

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 中越地方特有の妻入り家屋が多い。

 
 

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佐渡への渡海場

 寺泊は、本州から佐渡ヶ島への最短の地である。

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 江戸時代には佐渡へ渡る港町として、出雲崎とともに繁栄した。出雲崎と同様に海岸沿いに延々と妻入りの町並みがつづく。

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 出雲崎が一本道の両側に町並みがつづいていたのに対して、寺泊は海岸と平行に幾本かの道があり、山側のほうが高度が高いため、それらの道が階段でつながっている。

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 現在は新潟、直江津と、寺泊から佐渡への航路が出ており、渡海場としての機能を失った出雲崎の衰退とは裏腹に、寺泊の町は港を中心ににぎわいをみせている。

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 日本海の良漁場に恵まれ、海の幸も豊かであり、海産物を販売する市場にも多くの人が訪れていた。

 
 

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妻入りの町並み

 妻入りの町並みでというよりは、最近ではジェロの「海雪」で知られる出雲崎へ。

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 妻入りといっても、建築に特別関心がなければ、具体的にどういうものかよくわからないだろう。ひとことで言ってしまうと、妻側に出入口がある建物なのだが、では妻側というのはどちら側かというと、真ん中で山折りになっている屋根の、折り目と直角側である。ちなみに折り目と平行な方に出入口があるのは「平入り」である。

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 妻入りの家は三角屋根が強調されて、ペンションなどではメルヘンチック感が増強される。木造日本家屋ではメルヘンチックというわけにはいかないが…。

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 出雲崎は、この妻入りの町並みが海岸沿いに延々と4キロほどもつづくのである。

 江戸時代は幕府直轄の天領であり、佐渡からの金銀の荷揚げ港として繁栄を極めた。現在は静かな漁村であるが、どこまでもつづく町並みが往時の栄華を偲ばせる。

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 現代では海岸沿いに自動車道が走っているが、江戸時代は北国街道が出雲崎のメインストリートであり、この両側に妻入の家々が延々と軒を連ねていた。海と山にはさまれた細長い土地にあるため、街道沿いの海側の路地を入れば海へ、山側の路地を入れば山へ行き当たってしまう。

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 山側には何ヶ所も石段が設けられており、山の中腹の寺社へ通じている。

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 かつてのにぎわいも今は昔、現代の出雲崎は静かな漁村であった。

 
 

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豪商の町

 須坂は蔵の町である。

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 江戸時代、米、酒、麻といった特産品の一大集積地として、上州から江戸への流通を一手に引き受けた。商人たちは天領の特権に守られて財を蓄え、豪商となっていくのであった。その最大のものが、町の外れに、あたかも大名屋敷のような邸宅を構える田中家である。

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 維新後は日本国の主要輸出品である生糸の集積地として多くの蔵が建てられた。

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 表通りの整然とした蔵の町並みに比して、裏通りには郷愁を誘う町家が並ぶ。

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 蔵の町並みばかりが注目されがちであるが、こちらも味わいがあってよい。

 
 

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北斎の愛した街

 須坂の豪商は蔵を残したが、小布施の商人は文化の振興に財力を投じた。

 晩年の葛飾北斎も小布施に逗留し多くの肉筆画を残している。これらの作品が美術館として展示されており、北斎は好きな画家であるので見学に行ったのだが、北斎のようなすぐれた風景画を見るにつけ、風景写真を撮影している私は「絵はいいなぁ」としみじみうらやましくなるのであった。もし自分に画才があれば写真など撮らずに絵を描いていたであろう。近景は広角で描きながら背景は望遠で引き寄せたり、波や木々のデフォルメされた形、人物の躍動感、雪の降る様子、雨粒の軌跡、実に自由でありイマジネーションの世界なのである。

 そんなぼやきはともかく小布施の町並みである。

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 葛飾北斎美術館周辺が、小布施の町並みの中心である。きれいに整備されており、現実感が乏しいが、観光客の誘致には成功しているようだ。

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 商店も整備され蔵作りである。

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 その整備された町並みに普段着の町並みが連続している。

 こじんまりとした、美しく整った町であった。

 
 

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修験道の霊場

 戸隠山の麓、山々に囲まれた戸隠神社へ。

 こんな山中に、なぜこのような立派な神社が、とも思うが、山深い地だからこそ修験道の霊場として栄えたのであろう。

 戸隠神社とひとくくりにしてしまうが五つの社から成り、奥社のすぐそばにある九頭龍社を除いて、それぞれ異なる高度に位置し、数キロづつ離れている。

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 もっとも低いところにあるのは、宝光社である。門前には数件の宿坊や土産物店があるが、訪れる人も少なくひっそりとしている。

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 そこから2キロほど登ったところが中社である。ここが観光の中心地であり、最も賑わいをみせている。

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 さらに登ると奥社に到着する。鳥居までは車でも来れるが、そこから30分ほど歩いて奥社へ到着するのだが…。

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 冬季はクロスカントリーで参拝するようなところだとは知らなかった。

 
 

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青鬼

 長野県北安曇郡白馬村青鬼、近隣にはスキー場が数多くあるが、そのような現代の賑わいとは全く無縁に存在する集落である。

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 北アルプスの山々に囲まれた人里離れた山中の、14戸のトタンで覆われた茅葺き民家と石段で組まれた棚田から形成されている集落である。

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 民家は江戸時代末期から明治にかけて建てられたものであり、棚田に水を引く水路は江戸時代に開削されたものが今でも現役で使用されている。

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 開墾から現代まで、時代に合わせて少しずつの変化はしてきたが、根本的にはなにも変わってはいない。そしてこれからも変わらずにありつづけていこうとするのであった。

 
 

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冬の田園

 平野部では雪もなく、季節はもうすっかり春めいていたが、山間部ではまだまだ冬であった。

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 近くにスキー場もあるのだし、当然ではあるが、明け方はかなり冷え込む。

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 田園に春が訪れるのはまだしばらく先のようだ。

 
 

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夜の温泉街

 温泉街は夜になると、さらにその情緒を深くする。

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 郷愁を誘う橙色の灯が町並みを照らす。

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 ほろ酔い気分でそぞろ歩きもまた、夜の温泉街の楽しみである。

 
 

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角間温泉

 渋温泉のすぐ近く、角間温泉へ。車でも行けるが、歩いても20分ほどである。

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 角間温泉の大湯には看板が出ていない。観光客を相手にしたものではなく、地元の人向けの外湯である。

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 近隣に、湯田中温泉、渋温泉など有名な観光地があるので、角間温泉を訪れる人は少ないと思うが、数件の温泉宿もある。

 
 

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温泉街を歩く

 町並みの区分には、城下町、宿場町、港町、門前町などなどがありますが、温泉町という区分はあまり使われません。しかし、温泉街には古い町並みを残しているところも多く、いまでは観光資源にもなるので、取り壊して再開発されるようなことも少ないと思われます。

 温泉街は、狭い小道や曲がりくねった坂、木造の温泉宿、浴衣でそぞろ歩きする人々と、散策していて楽しいところです。それに温泉にも浸かることができますし。

 そんな歩いて楽しい温泉街のひとつ、長野県渋温泉へ。

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 メインストリートには木造の旅館や商店が軒を連ねます。

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 木造四階建ての温泉宿もあります。

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 街中に九つの外湯が点在していますが、宿泊客しか入ることができません。まぁこれはしょうがないでしょう。日帰りや近隣の温泉街に宿泊して外湯巡りをする人々で街があふれても困りますから。

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 温泉街は、表通りだけでなく裏通りにも情緒があります。

 
 

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十ヵ月間の県庁所在地

 明治元年、伊那県の創設により、それまでの天領陣屋が伊那県中野分局となった。二年後、南北に長い伊那県が二つに分割され、北側が中野県となると、中野分局も中野県庁となる。

 だが、そのすぐのち、中野騒動と呼ばれる世直し一揆により、中野県庁は焼き討ちされてしまう。

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 この騒動で消失した家屋は六百軒あまりとも言われる。信州中野には古い町並みがあまり残っていない。

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 中野騒動の後、いまだ新庁舎建設計画中であったが、中野県は廃止され、県庁は無名の小村、長野村へと移された。

 それは中野に県庁が置かれたわずか十ヶ月後のことであった。

 現在の長野市の繁栄をよそに、中野はいまだ百年以上前の一揆の罰を受け続けているかのようにひっそりとしていた。

 
 

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ご当地ラーメン

 博多ラーメン、札幌ラーメン、喜多方ラーメンなど全国的に超有名なご当地ラーメン以外にも、数多くのご当地ラーメンがある。観光資源に一発当てようと躍起になっているものもあれば、地元でひっそりと食べ続けられているものもあり、そこそこ知られているものから全くマイナーなものまでさまざまである。

 そんなご当地ラーメンの中でもかなりマイナーなほうの信州ラーメン。粕味噌をスープに使い、地元の食材を具にしたラーメンであるそうだ。

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 スープは粕味噌の味はあまりしなく、タンメンのようなスープであった。そういえば具もそんな感じかも…。

 ネットの発達したこの時代に、信州ラーメンに関する情報は少なく、力を入れて広めようとしているとは思えない。どこで食べられるかもよくわからないし、そもそも店が少ないようだ。味もまぁそのわざわざ食べに行こうとは思わないかもしれないし、これはこのまま、決して「知られざる」とか「知る人ぞ知る」とかではなく、いわゆるひとつのマイナーご当地ラーメンのままでしょうなぁ。

 
 

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断崖集落

 上越西部から北陸東部にかけて、険しい山々が日本海間近に迫る。その海と山の間の狭くて細長い土地に、断崖に張り付くようにして、いくつかの集落が散在する。

 なにもこんなところに住まなくてもとも思うが、日本海の海産資源を求めて、良港の近くには自然と集落が形成されたに違いない。

 そのような集落のひとつ筒石へ。

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 海岸線と平行に走る細い一本道が集落のメインストリートであり、その両側に木造三階建ての家々が密集している。狭い土地の最大限の有効利用であるが、防火には気を使うことであろう。

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 洗面台が家の外に作られている。これも住居スペースの有効活用なのであろう。公共スペースと専有部分の境界などあまり厳密でないに違いない。

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 集落の西にある筒石港にも年代物の舟屋があるが、東端にはさらに年季の入った舟屋がある。こちらはもうほとんど使われていないようだ。

 筒石の近くのもうひとつの断崖集落、能生小泊へ。

 筒石に比べると少ないが、能生小泊にも木造三階建ての建物はある。

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 海岸線と平行に走る道が、高度を変えて複数本有り、それらが縦の道でつながっている。横道も縦道も短く切れており、行き止まりも多く、入組んだ構造である。

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 道と書いたが、車が通れるようなものではない。歩いているとどこからが人の家なのかわからなくなってくる。

 
 

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雁木のある町

 上越市高田、現在もその名残を残す江戸時代の町人町の規則正しい町割り、町中の通りの両側に雁木が縦横に張り巡らされている。

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 雁木とは、雪除けのために家々の軒下を歩道にしたアーケードである。本来は私有地のはずだが、公共スペースとして提供されている。時々、自動販売機が置いてあったりして歩きにくいこともあるけど。

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 家々は建て替えられており、江戸時代の街並みではない。しかし、建て替えられた家屋にも、また雁木が造られている。昭和前半に立てられたような建物が多いが、時折り目にする現代建築でも雁木造りにしており、私有地だからといって敷地目一杯まで建物を建てることは無いようである。

 自然に息づく公共精神のおかげで、現代まで雁木の続く町並みが残されてきたのだ。

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 町を歩くと、趣のある建物に木製の雁木がなつかしい雰囲気を醸し出している。

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 再開発された駅前商店街も雁木風造りである。こちらの歩道は私有地ではないかもしれないが、私有地を寄付したものであるかもしれない。

 
 

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日本三大薬湯 松之山温泉

 日本三大薬湯のひとつ、松之山温泉へ。

 この三大なんちゃらってやつに弱いのですよ~。ウソ臭かったり適当だったりするのはわかっていても引っかかってしまいます。で、あとのふたつがどこかというと、草津温泉と有馬温泉だそうな。どちらも超有名どころではないですか。三大薬湯だから、草津や有馬と同じくらい効能がある温泉が出るということなのでしょう。でも、三大なんちゃらの三番目は、数あわせで入れられたかのような、しょぼいとこも多いのですよね~。やっぱり松之山が三番手でしょうねぇ。

 松之山温泉郷は山の中の一本道の両側に温泉宿が並ぶ、典型的な昔ながらのひなびた温泉街です。山深い地なので交通の便が良くなく、歓楽街としては発展してません。そのぶん効き目がありそうな雰囲気もあります。

Matsunoyama

 共同浴場の鷹の湯へ。冬はスキー客が多いようで、宿の温泉以外へ入りに外へ出るようなこともあまりなく、地元の方々ばかりでした。

 湯に足をつけたとたん、ヒョーっとマイケルジャクソンのように奇声を上げて、ムーンウォークで後ずさりしてしまいました。熱いのです。熱すぎです。足に湯をかけて慣らしてから入りましたが、それでも腰までしか入れません。しばらく半身浴をしてから、おそるおそる肩までつかりました。

 手で顔を拭うと、非常にしょっぱかったです。しずくが少し口に入っただけなのに、きつい塩の味がしました。

 熱い湯は苦手です。すぐのぼせてしまいます。火照った体を冷ましに露天風呂へ。こちらの湯はぬるめです。それでもしばらく入っていると頭がぐるぐるしてきます。これも薬効なのでしょうか。脳の中の血液がゆだってしまったようです。

 しかたなく湯から出て体を冷ましました。が、しかし、冷めないのです。周りは雪が積もっているというのに、そこですっぽんぽんで仁王立ちしていても、少しも寒くないのです。しばらく立っていましたが、体が冷えるようなことはありませんでした。さすが日本三大薬湯。

 帰りの車の中でも、いつまでも体がポカポカしていました。

 
 

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美人林

 新潟県十日町市松之山の美人林へ。

Bijinbayashi02

 しんしんと雪が降りつもった翌朝、快晴の青空に映える雪化粧した木々の森、そんな風景に出会いたくて、冬になると雪国を訪れているのだが、そんなに都合良くいい天気になることもなく、早起きも苦手だしで、いまだに見ることができていない。

Bijinbayashi

 今年は雪が少ないみたいで、もう解け始めているようだった。

 仕事の休みと週間天気予報を睨みつつ、次の機会を待つことにする。

 
 

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ツルツルシコシコの蕎麦

 名物の「へぎそば」を食べに新潟県は十日町市へ。

 「へぎそば」とは、織物の糊付けに用いる布海苔(ふのり)をつなぎにした蕎麦で、ひと口大に丸められて、「へぎ」と呼ばれる木の器に、きれいに盛り付けられた蕎麦である。

 数人前がひとつの「へぎ」に盛り付けられる。おおよそ五合で二人前、一升で四人前くらいである。われわれは大食いであり、空腹でもあったので、二人で八合を注文。

Hegisoba

 うっすらと緑がかっているのは、つなぎに海草を用いているからであろうか。

 ひと口食べて、この蕎麦が、普通一般のいわゆる蕎麦とは全くの別物であると知った。糊の原料になるものを、つなぎに使っているからであろうか、表面がツルツルしていて、蕎麦ではありえない腰の強さなのである。蕎麦の香りはよくわからないが、ほのかに海草の匂いがする。蕎麦好きの人が、なにも知らずにこの蕎麦を食べたら、なんじゃこりゃあと思うに違いない。

 最初は、一般的な蕎麦のイメージからかけ離れていたために驚いたが、食べ進んでいくうちに、おいしさがわかってきた。魚出汁のつゆもこの蕎麦によく合う。

 だがしかし、二人で八合は多すぎた。最近、年のせいか小食になってきたので、あまり無茶はしないようにせねば。

 
 

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桃源郷のロケハン

 いつも行き当たりばったりで撮影していてロケハンなんてしたことないのだが、時間が少々あったので、八代の桃畑を見に行った。

Momo1

 一昨年は塩山、昨年は新府で桃源郷の撮影をしたので、今年は八代にしようかと思う。

Momo2

 一面が桃色になる季節はもうしばらく先である。

 
 

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古い建築物の使用と保存について

 市川大門を散策。

 和紙の生産で知られる市川大門、今昔通りと名付けられた商店街を歩く。特徴のある町並みというわけではないが、ところどころに趣のある建築物が見られる。

Daimon02

 市川大門を訪れたのは、市川大門町役場を見たかったからである。木造の尋常小学校校舎を再利用した温もりのある町役場の写真を見て、ぜひ訪れてみたいと思っていたのだ。数年前に町役場としての使用はやめてしまっていたので内部を見ることはできないかもしれないが、せめて外観だけでも見ておきたかった。

Daimon01

 案内板にしたがって左折し、かつては校門であった門のプレートに市川大門町役場と記されているのを確認して敷地内に入った。そこには数台の車が止まっていたが、他にはなにもなく、ただ空き地が広がっているだけであった。

Daimon00

 何度も確認したが、場所が間違っているわけではなかった。取り壊してしまったのだ。取り壊したのにはさまざまな理由があるのだろう。建物を維持するだけでも経費がかかるし、耐震強度的に不安があったのかもしれない。おそらく新しい町役場は現代の建築であり、そこでは職員も利用者も快適に過ごすことができるのであろう。新規の公共事業で町の人も少しは潤ったかもしれない。そもそも合併により市川大門町という町はすでに無く、市川大門町役場が取り壊されていたとしてもなんら不思議ではない。

Daimon03

 だが残念である。一度壊してしまったものは元には戻せない。だからといって移築して保存するのも、取り壊してしまうよりはマシかもしれないが、ちょっと違うと思う。勝手な言い分だとは承知の上で、やはり建築物は町の中で生きて使われつづけてほしいものである。

 
 

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山中の宿

 南アルプス街道から七面山登山口へ向かう林道に入り、登山口を通過してさらに山中へ分け入って行くと、山間の急斜面にへばりつくような赤沢の集落が忽然と現れる。

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 日蓮宗総本山の身延山と霊山である七面山を結ぶ身延往還の唯一の宿場町であり、身延講の隆盛とともに講中宿として発達してきた。

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 現代では自動車道ができ身延往還を利用することはなくなってしまったため、かつてのにぎわいはどこにもないが、町並みの復活と保存に力を入れ、重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。

 
 

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固くて太いぞ吉田うどん

 なんの予備知識もなしに吉田うどんを食べると、非常に戸惑うことになるだろう。うどんを口へ運び、いざすすろうとしても、うどんが上がってこないのだ。しかたなく、箸で口の中に押し入れてかみ切ることになる。ここで再び戸惑うことになる。固いのだ。「コシがある」という言葉の範疇を逸脱していると思われる。麺の喉越しなどには頓着なし。固くて太くて重いのである。

Udon

 食べる前に見ただけで戸惑うかもしれない。なんでキャベツなんだと。吉田うどんには、なぜだか茹でたキャベツがのっかってるのが定番のようである。なぜだかはよくわからないが、そういうものなのである。写真は肉うどんである。この肉も馬肉が定番である。これもそういうものなのである。

 天ぷらが名物になっている店もあるが、そういうところ以外では天ぷらうどんは避けたほうが無難である。冷めた天ぷらが出てくることがあるというのもあるが、入れ放題の天かすが置いてあることが多いので損した気分になるからである。卓上には他に唐辛子をつぶしたような辛い調味料も置いてある。こちらも入れ放題であるが入れすぎには注意されたし。

 そもそも予備知識がなければ注文から戸惑うであろう。だいたいがテーブルに置いてある紙に注文を書いて持って行くシステムである。持って行くのである。だれも取りに来てはくれない。水もセルフサービスである。うどんだけは運んでくれるところが多いが、食べ終わった食器は自分でかたづけるのが当然のルールである。

 店を見ただけで戸惑うかもしれない。店というよりは民家に近かったりもする。中に入って、ほんとに民家でおどろくこともあるだろう。メニューがなくて戸惑うこともあるかもしれない。困った時は、無難に「かけ大盛」にしておくことにしている。「かけ」の他に「つけ」や「冷やし」があったりもするのだが、いったいつけ汁はどうなっているのだろうか。「かけ」と同じだったらわざわざ「つけ」にする意味はあるのだろうか。ざるそばのようにツルツルっとすすることができないのにどうやって食べるのだろうか。あの固い吉田うどんを冷やしたら、どれだけ固くなってしまうのだろうか。そう思うと、いま一歩ふんぎりがつかず、いまだに食したことがない。

 奥が深いぞ吉田うどん!

 
 

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富士の麓の信仰の街

 富士吉田は細長い街である。富士山へ向かう長い長い参道沿いに街が始まり広がってきた。

Fuji01

 現代では、この道を参道として使う人はまずいないだろうし、バイパスもできたため通り過ぎる車も少ない。閑散としており、商店街はひっそりとしている。

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 富士山に向かってこの道を歩くと、常にゆるやかな上り坂を上ることになる。

 シャッター商店街をぬけ、鳥居をくぐると、左右の街並みが一変する。道幅がやや広くなり、新しい建物がならぶ。電線も地中化されているようだ。二階建てばかりのようだが、統一的な街並み作りをしているのだろう。

Fuji04

 その新しい街並みの間に、注意してみなければ見落としてしまうような、御師の家への狭い入り口がいくつもある。御師の家とは、富士講の信者の宿である。

 御師の家への入り口は狭く、人ひとりが歩くのにちょうどいいくらいの通路を十数メートル歩いた先に母屋がある。御師の家も細長く、参道とは直角に横へ横へと伸びている。

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 表通りは小奇麗に化粧した現代の街並みだが、その裏側は、時代を超越した異空間である。

 
 

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富士山がクッキリと見える季節

 空はどこまでも青く、空気が澄んで美しい。風景写真の撮影には最適の季節である。

Fuji

 でも寒いんだよねぇ。

 
 

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秋の塩山

 山梨県甲州市塩山、秋は枯露柿づくりが盛んである。この時期、いたるところで家々の軒下に柿がつるされ、郷愁を誘う風景がみられる。

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 思えば二年前に枯露柿づくり最盛期の塩山を訪れ、その後、日本の古い町や村を訪ね歩くようになった。いわば原点の地なのである。

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 今回は訪れるのが少し遅く、枯露柿づくりはまもなく終わろうとしていた。どこの家にも軒先に柿がつるされた壮観な風景はみることができなかったが、秋の終わりの静かで美しい一日であった。

Enzan04

 前回は写真を撮るばかりだったが、今回はできたばかりの枯露柿を買い求め土産にする。

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 まもなく冬を迎え。そして春、桃の花咲く季節がやってくる。

 
 

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忘れられた集落

 昇仙峡仙俄滝上の土産物屋街をぬけ、ロープウエイ乗り場を過ぎると、周囲が少し静かになってくる。その少し先、昇仙峡ラインとの合流地点辺りに、観光地のにぎわいから取り残されたような集落がある。

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 日本の観光地の中には、すっかり寂れてしまったところも多いが、昇仙峡を訪れる人は多い。その土産物屋街のすぐ近く、というか土産物屋街とつながった集落の端なのに、人の気配がしない。

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 廃墟になってしまった人家も多いが、どことなく人が住んでいる様子の家もいくつか見受けられた。

 
 

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 姿の美しい滝をみると、三脚を立ててスローシャッターで撮影したくなってしまう。

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 昇仙峡の仙俄滝もそんな滝のひとつである。

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昇仙峡

 山梨県甲府市の昇仙峡へ。紅葉真っ盛りの季節に訪れてみたいと、ずっと思っていた。

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 奇岩が大好きで、さらに渓谷好き、紅葉好きの私にはうれしい場所である。奇岩にまだらな紅葉が美しい。

Syosenkyo01

 すでに紅葉の盛りは過ぎてしまっていた。先週あたりが最盛期であったと思う。本当は先週訪れる予定だったのだが、天気が悪くて取り止めたのだ。だが今週にして正解だった。やはり紅葉は晴天に映える。ところどころでまだ残っている見事な紅葉を楽しむことができた。

Syosenkyo02

 
 

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北国街道柳町

 上田駅周辺は現代の町であるが、しばらく北へ歩くと、かつての北国街道が市街地を通っており、昔の町並みを残している。

Ueda

 柳町がもっともよく町並みが残されているのだが、きれいに整備されすぎて少々ウソ臭くみえてしまうのが残念である。

 
 

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信州上田別所温泉街散策

 松茸を食べるだけで帰るのもと思い、温泉街を散策する。

Bessyo

 ひっそりとした温泉街であるが、訪れる人は多いようだ。観光案内所で老夫婦が今夜の宿を探していたが、空き部屋がある宿は二件しかないとのことであった。

Bessyo02

 北向観音の参堂を歩く。周辺にも有名な寺社がいくつも散在する。

 雨が降り、冷え込んできた。外湯に入り、帰路につく。

 
 

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秋の味覚の王様

 秋の味覚の王様といえば、やっぱり松茸! おいしいものなら他にもたくさんあるけど、王様にふさわしいのは松茸しかないでしょう。味よりも値段、希少価値で王様は決まるものなのである。

 というわけで、秋の味覚の王様を食べるために信州上田の別所温泉へ。ここは松茸の産地としても有名なところなのだ。松茸料理を提供する店も何軒もある。

 われわれが向かったのは城山園という山小屋である。山小屋というが、本当に山の中にある小屋で、松茸の取れる山の山主さんが、秋のシーズン中だけ営業しているのである。
 温泉街を通過して山道を登り、途中の看板が出ているところで未舗装のわき道にそれる。前から車が来たらすれ違うのは非常に厳しい狭い道をひたすら走り、道の終点で車を置き去りにして、少し山登りをすると目的の山小屋に到着する。
 年季の入った味のある山小屋である。中は広々としており大勢のお客さんが入ることができる。床はかなり斜めであった。

 さて、松茸料理である。

Matsutake

 圧巻である。見ただけで圧倒される。さすがは秋の味覚の王様である。いくら味がよくても、これがシメジだったらありがたみが全くない。
 松茸鍋のほか、土瓶蒸し、天ぷら、ホイル焼き、茶碗蒸し、お吸い物に松茸ご飯と、松茸づくしで満腹になった。

 肝心の味であるが、いや、希少で高価なものを食べることが目的であって味は重要ではないともいえるのだが、ひと口食べてその美味に感動する、というようなものではない。「香り松茸」といわれるが、香りもほのかにする程度であり、料理にするとさらにわかりづらくなってしまう。
 食べ始めてしばらくは、なんだかぱっとしないものを食べてしまったと思うかもしれない。日頃から、油っこいものや味の濃いものを好んで食べているとなおさらである。しかし、食べ進んでいくうちに、松茸の繊細な香りと味が感じられるようになり、松茸のうまさがわかるようになってくる。それは決して子どもにはわからない大人の味である。

 
 

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流れ落ちる渓谷のリズム

 紅葉にはまだ少し早いが、滝の写真を撮りに山梨県の西沢渓谷へ。

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 有名な滝には落差の大きなものが多いが、私は渓谷の小滝、というか流れの落ち込みの連続が好きである。

Taki02

 流れのリズムに木々のメロディー。風景が音楽を奏でる瞬間である。

 
 

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雨の奈良井宿

 雨降る宿場町はしっとりと落ち着いていて、

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 行きかう人もまばらである。

Narai02

 
 

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甲州街道の宿場町

 現在の甲州街道は、江戸時代のそれとは道幅もちがうし、通っているルートもちがう。甲州街道の宿場町でも、いまでも当時の面影を残しているところは少ない。そんななか、台ヶ原宿は、旧道が現代の道のすぐ脇を並行して走っており、宿場町の雰囲気もほんのわずかではあるが残されている。

Daigawara01

 宿場町の名残であろう、いまでも旅館の看板を掲げている家もある。営業は…かろうじてしているらしきところもあったが、はたして需要はどれくらいあるものだろうか。

Daigawara03

 南アルプスの麓であり水がうまいらしい。水がうまいところは酒もうまい。江戸時代からつづく造り酒屋もある。近くには某ウイスキー会社の蒸留所もあり、雪解け水の天然水の工場もあるそうだ。

Daigawara02

 現役を引退した火の見やぐら。聞いたこともない商品名の看板。時代遅れの街灯。地元の人にはそこにあるのがあたりまえのものかもしれないが、そういったものが、特別に保存されているわけでもなく、ただそこにある。そんなことがうれしくなる町であった。

 
 

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明野サンフラワーフェスティバル

 映画の舞台になったことで有名な、山梨県北杜市明野町のひまわり畑へ。

 映画を見たわけではないし、ひまわりフェスティバルはいろいろな場所でおこなわれていて、もっとずっと近いところでも見れるのだけど、有名だという理由で明野町へ行くことに。

 天気も上々、青い空と山々を背景にひまわりの花が咲き誇っていました。

Himawari01

 ひまわりの本数はすごく多いのだけれど、見わたすかぎり満開のひまわりの花、というわけにはいかず、植えてある区画によって、すでに盛りが過ぎてしまった場所、これから咲く場所とわかれてしまっている。開催期間を長くとって、いつ来てもどこかでは咲いているようにしているのだろうけど、山のふもとまで黄色に染めた一面のひまわりの花、見たかったなぁ。

Himawari02_2

 ひまわりって後ろから見るとちょっとこわいですね。

 
 

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木曽路の宿場町 その2

 木曽路の宿場町ではもっとも有名であろう、妻籠と馬籠へ。

 妻籠を訪れたのは夕暮れであった。沈み行く夕日が江戸時代の木造家屋を美しく橙色に染めていた。

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 昼間はにぎわう観光の街にも、夜の帳がしっとりと下りつつある時刻。すべての物を美しくみせる。

2

 
 翌早朝、馬籠へ

 急峻な斜面に石畳の美しい町である。

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 ただ惜しむらくは、馬籠の町は少々饒舌に過ぎるようだ。早朝まだ町が寝静まっているころに散策しても、あふれる文字の洪水が眼に入る。夕暮れのしっとりとおちついた妻籠のあとで訪れたので、特に強くそれが感じられたのかもしれない。

 
 

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木曽路の宿場町

 奈良井へ。江戸時代の宿場町がほぼ完全にといってもいい状態で残っている。中仙道一の難所、鳥居峠を控えているため、規模の大きな宿場町である。

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 街道沿いにいくつもの水場がある。無尽蔵に流れ続ける水。アフリカ人に見せてあげたい。

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 当然ではあるが、現在は宿場町としては機能していない。しかし観光で訪れる人は多いようだ。この日も晴天の週末の午後であったこともあり、宿場町は江戸時代のにぎわいの片鱗をみせていた。

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 観光客相手の店ばかりが目立つが、一般商店もあり住居として使われているらしき建物もある。

 
 

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桃源郷の春

 満開の桃の花を見ると、春が来たなぁと実感する。

 昨年は塩山へ桃の花を見に行ったので、今年は新府へ行くことにした。

Yamanashi01

 桃の花はうまく写真に撮れないので、菜の花です。

 
 

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一本桜のはしご

 好天に恵まれ、山梨県内の名立たる一本桜を見て回る。

 まずは韮崎市の王仁塚(ワニ塚)の桜。

 都内のJRの駅に貼ってあったポスターを見て行きたくなったところである。同じような人も多いのか、朝早いのに多くの人が訪れていた。

Sakura01

 桜の真横に高圧線の鉄塔が立っていて、鉄塔を外して写真を撮ろうとすると構図にかなり制約がある。それでJRのポスターと同じ構図に。背景に八ヶ岳を入れるには、こう撮るしかないのですね。

 つづいて北杜市の神代桜へ。

 こちらは日本三大桜の内の一本であり、国の天然記念物でもあって、他の桜とは知名度が桁違いである。神代桜のある実相寺周辺の道路は大渋滞であった。

Sakura02

 日本で一番古い桜とされるこの神代桜、幹が途中で折れてしまっている。近年は元気がなく花の数も少なかったそうだが、今年はたくさんの花を咲かせてくれた。

 最後は塩山のイトザクラ

 昨年、この慈雲寺のしだれ桜を訪れた時は、花がすべて散ってしまった後であったが、その枝振りのみごとさに感嘆し、ぜひ満開の折に見たいものであると思った。

Sakura03

 今年はみごとなしだれっぷりを見ることができた。

 
 

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ダイヤモンド富士フェスティバル2008

 この時期、山中湖では、太陽が富士山山頂に沈むダイヤモンド富士が見られる、ということで多くの写真愛好家の方々が訪れます。

 で、行ってきました。日没数時間前に着いたのに、すでに無数の三脚が並んでいました。早々に場所を決めてセッティング。その後はただひたすら待つばかり。いざ日が傾いてくると、太陽が沈むのは予想以上に速くて、あっという間に山頂の向こう側へ。それに、多くの人がいて撮影場所に自由がきかず、ダイヤモンド富士がずれてしまいました。

Fuji01_2

 真逆光で撮影することになるので難しいです。特にデジカメだとうまくいかない。

Fuji02_2

 日没後はキャンドルに火を灯し、花火も打ち上げられます。

 富士山を背景に入れてキャンドルや花火を撮影できる場所は、何時間も前から場所取りしておかないと確保できないようでした。

 
 

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雪の富士山

 大雪の翌日、天気もよく晴れていたので、富士山撮影に山梨県へ。

 忍野へ行くと、観光客がすっごくたくさん来ていて、落ち着いて撮影できなかったので、山中湖北岸へ移動。

Fuji01

 こちらは静かで、同好の士がちらほらいらっしゃるくらい。

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 スワンも運休中でした。

 
 

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桃源郷にリベンジ!

 先週はまだ桃の花が咲いてなかったので、塩山桃源郷を再び訪れる。リベンジといってもそういう意味です。桃源郷に復讐してどうする。

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 桃の花は今が盛りと咲き乱れていました、が、天気はいまいちでした。うまくいかないものですねぇ。

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 季節はすっかり春っぽくなりました。

Tsumaranai03

 ぽかぽか陽気で、暑くもなく寒くもなく、散策するにはいい季節です。

 
 

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なぜだか撮ってしまうもの

 花を撮りに行ったはずなのに、なぜだかこんなものを撮ってしまう。

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 自然の中のちょっとした人工物が目に付きやすいのだろうか。

Tsumaranai01

 自然に帰りつつあるその姿に惹かれるのだろうか。

 
 

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桃源郷

 桃源郷、山の彼方の理想郷、そんなところで暮らすのにあこがれるが…、実際に住んでみると退屈なのかもしれない。やはり桃源郷はどこか遠くにあるものであり、人々の心の中にあるものなのだろう。

 そんな心の中の憧れの地を求めて、山梨県甲州市の塩山桃源郷へ。桃の花が咲いていれば桃源郷であるというわけではないが、都会暮らしの私には、塩山はじゅうぶん桃源郷である。

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 が、桃の花咲いてないしー。

Sakura00

 慈雲寺のしだれ桜も散ってるしー。

 標高の低いところでは、桃の花が満開でしたが、住宅地に近くて、やや桃源郷感に欠けます。

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 いまが満開のしだれ桜もありました。しだれ桜はソメイヨシノと違って花の時期がまちまちです。

Sakura11

 甘草屋敷ではおひな様が飾られていました。お嫁にいけなくなっちゃうぞーっと思ったけど、旧暦ならいいのかな? 桃の節句だし。

Hinaninngyou

 やはり年中行事は新暦ではなく旧暦でおこなうべきであると、この場で強く主張しておきます。

 
 

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忍野八海

 山中湖周辺へもよく出かける。

 山中湖近くの忍野八海へ。

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 ここにも人面魚がいるとかで話題になったところだ。

Oshino01

 いまでも訪れる人の数は多い。

Oshino03

 湖周辺とは違って狭い場所に密集しているので、ものすごく観光地化されている気がするが、河口湖も山中湖も100%観光地だなぁ。

 
 

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河口湖周辺あれこれ

 比較的近く簡単にいけるので、ちょっと暇だとよく河口湖周辺へ行く。

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 いまは紫陽花の季節である。

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 富士山が見える日は、すごく得した気分になる。

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 特に目的もなく周囲をドライブし、散策する。

Kawaguchiko01

 少し足を延ばして、鳴沢の氷穴へ。

Hyouketsu

 外へ出るとレンズが真っ白に曇ってしまった。

 
 

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